第二十七章

「好き」


 その一言が、私の口から発せられた。

 緊張で脈が速い。


「ごめん、無理」


 零夜が無表情で、私にそう言った。


 心の底から大きな絶望を感じる。


 きっと彼には最初から私に好意なんてなくて、実は私に好意があるんじゃないか、と思っていたけど、それは全部私の自意識過剰だった。


 そして彼は、去っていく。深い、濃い、霧の中へ——。




「——はっ」


 勢いよく起き上がる。


 そこはベッドの上だった。

 外はまだ暗い。

 そして、私の頬を濡らす涙。

 私は泣いていた。


 どくどくと鳴る心臓がうるさい。

 呼吸が荒く、上手く息が吸えない。


「う、うぅ……」


 自分の体を抱きしめて、小さく唸りながら涙を流す。


——だから人を、簡単に信じちゃいけないんだ。


 傷つくから。


 期待すればするほど、裏切られた時の絶望が大きい。

 久しぶりに、その言葉が思い浮かんだ。


 期待しちゃだめ。

 信じちゃだめ。


 傷つくから。傷つきたくないから。自分のためだ。


 期待するな。信じるな。

 私は自分にそう言い聞かせて、ぼーっと窓の外を眺めて夜が明けるのを待った。




「千雪、おはよう」


 教室に入り、自分の席に着くと零夜が話しかけてくる。


 今日見た夢が蘇った。


「ごめん、話しかけないで」


 私はできるだけ冷たく、低い声でそう言った。


「え、なんで?」


 零夜が驚いた顔をしながら訊ねてくる。


「一人に、なりたい」


 私はそう言い放ち、教室を出た。


 もう、零夜とは仲良くしたくない、と思った。花織と翠とも。




 チャイムが鳴り教室に戻ると、零夜が勢いよく振り向いた。


 席に着き、教科書やノートを出している間もちらちらと視線を送ってきて、なんだか急に申し訳なくなった。


 でも、しょうがない。どうにもできない。

 仕方が無いんだ。


 私は彼の視線に気が付かなかったふりをして、前を向いた。




 放課後。

 ずっと零夜から視線を感じていたが、話しかけてくることはなくて、ほっとしたような、寂しいような気持ちがあった。


「あっ、千雪」


 花織が声をかけてきた。

 私はそれに気づかなかったふりをして、スクールバッグを持って教室を出る。


 みんなとはもう、仲を深めない。


――そう決めたのは自分なのに、なんでこんなに苦しいのだろう。


 零夜とこれまで組み立ててきた〝関係〟というものが、崩れていく気がした。




 家に帰ってから、私は部屋にひきこもった。

 ため息すら出なくて、ベッドに寝転がり、ただただ時間が過ぎるのを待った。


 お母さんが部屋のドアをノックして、「どうしたの?」と訊いてきたけど、「ごめん、今無理」と返事をした。


 なんだか力が出なくて、自分がセミの抜け殻のように感じた。


 夜ご飯はお母さんが部屋の前に置いてくれたけど、食欲がわかなくて、食べることはできなかった。申し訳なくて、『ごめんなさい』と書いた紙をご飯の隣に置いた。


 九時くらいに無理やり体を起こし、お風呂に向かった。


 湯船には浸からずシャワーだけにして、ドライヤーをして、歯を磨いてすぐにベッドに入った。


 ああ、明日が憂鬱だなあ。


 そう思いながら、私は浅い眠りについた。

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