第二十六章

「——未来を、……予知、できるんだ……」


 零夜の口から出たのは、予想外の言葉だった。

 私は唖然として彼を見つめる。


「小さい頃から……、一ヶ月に一、二回……」


「うそ……」


 そんなことが、本当に現実にあるのか。


 でも彼の顔はいたって真剣で、「本当?」だなんて訊けるはずがなかった。


「急に、脳裏に映像が入り込んでくるんだ……それで今日、二時間くらい前に千雪が車にひかれて……し、死ぬ、映像が脳裏に入り込んで。慌てて、ここに来たんだ……」


 え、と私は目を見開く。


 彼が「死ぬ」という単語を口にした時、彼は震えていて、顔は恐怖の色に染まっていた。


「そうなんだ……助けてくれて、ありがとう……。本当に、ありがとう……」


 私は彼に優しく微笑みかける。


「ううん、千雪が生きてて……本当に、よかった……」


 零夜は泣きそうな顔をしていた。

 当然だ。仲良くしていた人が死ぬかもしれなかったんだ。怖くて当たり前だった。


「あ、そういえば足、大丈夫?」


 彼が心配そうに訊ねてきた。


「歩くと痛い……」


「そっか。家まで送るよ」


「え、でもおつかいが……」


「おつかいなんてしてる場合じゃないよ。安静にしないと」


 おつかいに行きたかったが、零夜の顔を見るとそんなことはもう言えなくて、私は彼の言葉に渋々頷いた。


「じゃあはい、俺の背中に乗って」


「えっ!?」


 びっくりして大きな声を出す。

 彼がどうしたの?と言わんばかりの顔で私を見ていた。


「あ、うん、あ、ありがとう……」


 私はどくどくと鳴る胸を抑え、彼の背中に乗った。


「じゃあ、動くね。道、教えて」


「わ、わかった……」


 零夜が動き出す。


 私は自分の鼓動が彼に聞こえてしまっているのではないか、といたたまれない気持ちになりながら、彼に家への道を教え始めた。




「ここか」


「うん」


 家に着き、私は零夜の背中から降りる。


 彼が肩貸すよ、と言ってくれたので、少し遠慮がちに彼の肩を貸してもらった。


 バッグから鍵を取り出し、鍵穴に鍵をさしてドアを開けた。


「ただいま……」


 玄関に座り、靴ひもをほどいていると、お母さんが「おかえりー」と言いながら玄関にやってきた。


「あれ、そのかっこいい男の子、誰?」


 お母さんが不思議そうに首を傾げる。


「初めまして、千雪のクラスメイトの石黒零夜です。よろしくお願いします」


 零夜が礼儀正しく頭を下げた。


「石黒零夜くん、って言うの? いい名前だね」


 お母さんがにっこりと笑う。


「千雪が道でつまずいているのを見て……足をくじいたと言っていたので、背負ってきたんです」


「わあ、ラブラブだねー」


 お母さんがからかうように言った。私は口を膨らませ、うるさい、と彼女の言葉に反論する。


「石黒くん、ありがとうね。千雪、救急箱を持ってくるから、待ってて」


 そう言って、お母さんが去って行った。


「じゃあ、俺は帰るね」


「うん」


「足、安静にして治すんだよ」


「わかった」


「じゃあ、またね」


「うん、またね」


 彼が私に手を振って、家を出た。


「あれ、石黒くんもう行っちゃったの?」


 救急箱を手に戻ってきたお母さんが言った。


「うん」


 私は小さく頷き、お母さんに足を出す。


 彼女に手当してもらっている間、零夜の未来予知についてずっと考えていた。

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