第二十四章

「千雪、一緒にお昼食べよう!」


 授業が終わった途端、花織さんが振り向いて言った。


「うん」


「翠と零夜くんもねー」


 四人の机をくっつけて、「いただきます」と手を合わせてからお弁当の包みを開けた。


「あ、零夜はお弁当じゃないんだね……」


 私は総菜パンの袋を開けている零夜に声をかけた。


「うん」


 彼は短く答える。


「おー、千雪のお弁当美味しそう! 自分で作ってるの?」


 花織さんが私のお弁当を覗き込んで言った。


「ううん、お母さんが作ってくれたの」


「じゃあお母さんの愛がいっぱい詰まってるんだねー!」


 そうかもしれない。


 あまり考えていなかったけど、お母さんは愛をこめて作ったのかもしれない。


 昨日の夜、「お弁当作るから、明日持って行ってね」と言われた。私は初めての他人が作るお弁当に、心を躍らせていた。


「……そうかも」


 私は遅れて彼女の言葉に返事をする。


「花織さんのは?」


 そう訊ねると、彼女は一瞬目を見開いて、次の瞬間ぷっ、と噴き出した。


「え?」


「花織さん? さんは無しでいいよ」


 彼女は笑いを堪えようと口元を抑えている。


「え、じゃあ、花織ちゃん……?」


「いやいや、花織でいいから! 翠もそう呼んでるし」


「え、呼び捨て?」


「うん、呼び捨て」


 私は少し緊張しながら口を開く。


「か、花織……」


「そうそう!」


 彼女が嬉しそうに笑う。


「私のお弁当はお姉ちゃんが作ってくれたの。もちろん愛がつまったやつね!」


 愛がぱんぱんだよ!と花織がにっと歯を見せて笑った。


「お姉さんが作ったの?」


「うん!お姉ちゃんが料理好きでねー」


 そうなんだ、と相槌を打つ。


「翠は?」


 ずっと黙ってお弁当を食べていた翠に首を傾げて訊ねると、彼女は「私!?」と顔を上げた。


「私は自分で……お母さん、忙しいから」


 翠が少し微笑みながら言った。その微笑みが悲しそうに見えたのは、私の勘違いだろうか。


「あ、やばい、お喋りに夢中になってたせいでもうすぐ昼が終わる! 早くお弁当食べよう!」


「うん」


 私は花織の言葉に頷いたものの早食いはせずにお弁当を食べる。


 横を見ると、零夜がこちらを見て優しい笑みを浮かべていた。


 その笑顔に胸が高鳴る。

 かっこいい、と思った。


「そ、そんなに見られると食べられない……」


 私が眉をひそめてそう言うと、彼はごめん、と笑い、前を向いた。

 でも彼が私から目を逸らしたことに、少し寂しさを覚えた。




「千雪、一緒に帰ろう」


 荷物をまとめていると、隣から零夜が声をかけてきた。


「私も一緒に帰りたいんだけど、翠と、あと別の友達と新しくできたお店に行く約束してるから……」


 振り向いた花織がごめーん、と顔の前で申し訳なさそうに手を合わせる。


「大丈夫。また明日」


「うん、また明日ー」


「ま、また明日……」


 花織と翠が別の友達の席へ向かった。


「零夜。私、家が遠くなったから……ごめんね」


「それならしょうがないか。また明日」


「うん」


 零夜に手を振り、教室を出た。


「あ」


 私は思い出したことがあり、零夜の元に戻る。


「千雪? どうしたの?」


 彼が不思議そうに首を傾げる。


「高芽公園で借りたコート、そのまま持って帰っちゃったから……」


 私は袋からコートを出し、零夜に差し出した。


「ありがとう。風邪ひかなかった?」


「うん。大丈夫」


「よかった」


 彼が優しく笑い、コートを受け取った。


「また明日」


 また手を振り、教室を出る。


「あ、澄川さん」


 澄川さん、と呼ばれ、驚いて振り向く。


「じゃ、なかった。千雪?ちゃん」


「わ、渡辺さん……」


 にっこりと笑う、渡辺さんが立っていた。


「千雪ちゃん、元気だった?」


「あ、うん……」


 胸騒ぎを感じながらも、こくりと頷く。


「あの、渡辺さんに訊きたいことがあって……」


「ん、どうしたの?」


 ずっと、訊きたかった。


 渡辺さんは、零夜と付き合ってるの?と。


「渡辺さんって……れ、石黒くんと付き合ってるの?」


 その言葉を、私は素直に口に出した。


「……ううん」


 彼女が暗い表情をして首を横に振った。

 予想外の返事にえっ、と声を漏らす。


 てっきり「うん」と笑って答えると思っていた。


 まさか、と思った。嫌な予感がする。


「え、渡辺さん、石黒くんが好きなんでしょ? 告白、してないの……?」


「ううん……、ふ、振られちゃって……」


 ああ、やっぱり、と思った。


 なんで? 零夜は渡辺さんが好きじゃないの?


「そ、そっか……」


 彼女が苦しそうに顔を歪めて俯く。


 なんだか、私が零夜のことが好きなことを馬鹿らしく思った。

 彼女はこんなにも苦しんでいるのに。


 あ、そういえば……。


「渡辺さん。もしかしたらもう恋愛なんてしたくないかもだけど、会ってほしい人がいるの」


 真夏のことを忘れていた。


「……」


「会うだけでもいいの」


「……会うだけ、なら……」


 渡辺さんの答えに、よかった、と少し安堵した。


「今から会える?」


「うん」


 私は彼女を誘導して、駐輪場へ向かった。そこに真夏のバイクが停めてあるのだ。


 真夏はバイクにもたれかかり、スマホをいじっていた。


「お、千雪」


 私に気が付いた真夏が、スマホから視線を上げる。


「って、え!?」


 彼は渡辺さんに気が付き、目を見開く。


「え、真夏くん!?」


「美月!?」


 二人は驚いたようにお互いを見つめている。


「よ、幼稚園以来だね……」


 渡辺さんが少し照れたように言った。


「そうだな……」


 真夏も照れたように返事をする。


「私、寄りたい場所があるから、真夏帰ってていいよ。渡辺さんと仲良くしてねー」


 私は真夏の返事を待つこともなく早口でまくしたて、駐輪場を後にした。

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