第二十三章

「おい、霞瑞。ちょっとこっち来い」


 教室に入ってきた担任に手招きされる。


 周りの視線が一気に私に集まった。

 「霞瑞って誰?」という声や、「澄川さん来たんだね」という声が周りからした。


 黒板の前に立つ。


「訳があり、澄川はるの名前が霞瑞千雪に変わった」


 担任が黒板に〝霞瑞千雪〟と書いた。

 まじか、と教室がざわめいた。


「あ、改めまして、霞瑞千雪です。よろしくお願いします……」


 こんなことしなくてもいいんじゃないか、と担任を少し恨みながら頭を下げる。


 そして、私って霞瑞千雪なんだ、とまた自覚した。


「よし霞瑞、席に戻れ。これから席替えをする」


 席に着く。周りの視線が私に集まっている。

 正直、周りの視線が少し怖かった。


 何か、悪口を言われているんじゃないか。


 なんで名前が変わったんだろう、と不思議に思われているんじゃないか。確かに、苗字だけだったら親が再婚して苗字が変わったのかな、と思われるだろう。だが、私の場合は名前も変わった。怪訝に思われるのが当たり前だった。


「——ということで、好きな席へ行け。座りたい席が誰かと被った場合は、じゃんけんな」


 担任の声に我に返る。「はーい」と周りが声を上げた。


「千雪」


 荷物を腕にまとめた零夜が近づいてくる。


「よかったね、席が自分で選べて。あの先生席替えとかは、くじ派だったから意外」


「そうなんだ」


 小さく首を傾げながら答えた。


 荷物をまとめ、私は席が空いている場所を探す。


「あ、あそことかいいんじゃない?」


 彼が指さした場所は、窓際で一番後ろの席。


「風通しも良いし、それに隅っこだから静かだろうし。千雪、うるさいの苦手でしょ?」


 彼が私に笑いかけてくる。

 「なんで私がうるさいのが苦手なの知ってるの?」と訊ねると、「わかるよ、千雪ってそんな感じがするから」と零夜は答えた。


「あそこでいい?」


 彼が笑みを浮かべて首を傾げた。


「いいよ」


 私は小さく頷く。


「じゃあ、千雪が窓側で、俺が隣」


「うん」


 零夜と隣の席になれたことを嬉しく思いながら、席につく。


 そこは静かな席で風通しも良く、そして彼の隣の席なので、とても良い席だな、と思った。


「いいね、この席」


 彼が頬杖をつきながらにこやかに笑った。


 私も少し頬を緩ませながら頷く。


「わー、この席いいね!」


 窓の外を眺めていると、不意に前から声がした。


 振り向くと、渡辺さん顔負けの可愛い顔をしている女の子と、眼鏡をかけた大人しそうな女の子。


「こんにちは! 私、星宮花織ほしみやかおりと言います!」


 彼女は可愛らしい笑顔を浮かべ、元気よく言った。


 きっとこの子は人気者なんだろう、と思った。


「わ、私の名前は柴田翠しばたみどりです。よろしくお願いします……」


 彼女は緊張したような顔で言った。


 きっと人見知りなんだろう、と思った。私も同じなので、彼女の気持ちがわかる。


「俺は、」


「知ってるー、石黒零夜くんでしょ?」


 零夜が口を開くと彼女が彼の言葉を遮り、にこやかに笑った。


 二人が席に座る。


「で、隣の美人さんが霞瑞千雪ちゃんね」


「びっ、美人!?」


 あれ、美人ってなんだっけ……。

 美人。私には無縁の言葉だ。


「いや、別に美人じゃないですけど……」


「あははっ、敬語はいらないよ」


 彼女が朗らかにけらけらと笑う。


 明るい子だな、と思った。彼女は親しみやすいタイプだ。


「あ、じゃあ……」


 私は小さく頷く。


「花織でいいよ。苗字呼びは慣れてないし」


「わかった」


 これからは花織さんと呼ばせてもらおう、と心の中で決める。


「翠のことも名前で呼んでいいから」


 隣に視線を向けると、柴田さんがこくりと頷いた。


「おーい、静かにしろ。授業を始めるぞ」


 担任の声が教室に響き渡る。


「じゃ、また休み時間に話そうね」


 花織さんがウィンクをした。


 ウィンクした顔も美人だなあ、と思いながら私は頷いた。

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