第十八章

 十一時十分頃。


 自然カフェの前に着いた。


 まだ石黒くんは来ていなくて、少しほっとした。


 自分の服を見る。

 家で長々と悩んだ挙句、とてもシンプルな服装になった。


 白いTシャツに、カーキ色のロングスカート、黒いおしゃれなサンダル。手には愛彩さんがこの前作ってくれた、ベージュの小さなバッグ。


 地味すぎないかな、と今更後悔する。


 もしも石黒くんに「地味だね」とか言われたらどうしよう。まあでも、地味って言われてもしょうがないか。私には特徴がないし……。


「こんにちは」


「うわっ!?」


 いきなり後ろから声をかけられて肩を震わせる。


「ふはっ、あはは、ごめん。久しぶり」


 石黒くんがくすくすと笑う。


 私は高鳴る胸に気が付かなかったふりをして、私は「久しぶり」と返す。


「ごめんね、遅くなって」


「ううん、大丈夫」


「カフェに入ろうか」


「うん」


 彼に続き、私は店内に入る。


 中に入ると、花の甘い香りと、植物の青々しい匂いと、ご飯の美味しそうな匂いが鼻を突いた。


「二名様でよろしいでしょうか?」


「はい」


「では、こちらの席へどうぞ」


 店員の後を着いて行く。


「メニューはここに、注文をする際には店員にお願いします」


 店員がそれだけ言って立ち去っていく。


 椅子に座り、二人でメニューを覗いた。


「美味しそう……」


「そうだね。何頼む?」


「うーん……」


 メニューを見ていて最初に目に留まったのは、美味しそうなパンケーキ。次にオムレツが目に留まった。オムレツは私の大好物。お昼の時間帯だし、オムレツを頼むことにした。


「オムレツで」


「わかった。飲み物は?」


「うーんと、飲み物は……じゃあ、ブドウソーダフロート」


 ブドウソーダフロートは、このカフェ特製の飲み物らしい。確かに、ブドウのソーダフロートなんて、見たことがなかった。


「ブドウソーダフロート、注文しておくね」


「うん」


 私は小さく頷いた。石黒くんは小さく笑って、メニューに視線を落とす。


 綺麗な顔だな、と思った。


 彼の黒い髪が、紺色の瞳が、白い肌が、全てが綺麗だった。


 ああ、やっぱり私は彼が好きだ。大好きだ。


 もう諦めているけれど、もう彼は私を好きになってくれないけど、それでも嫌いにはなれない。


 ぼーっと見惚れていると、急に彼と目が合った。

 慌てて目を逸らす。


 彼は小さく噴き出して、またメニューに目を戻した。


「じゃあ、注文するね」


 彼がそう言って丁度近くを通った店員を呼び止め、注文をする。


「元気だった?」


 注文を終えた石黒くんが声をかけてくる。


「元気だったよ……」


「急に高校来なくなって……びっくりしたよ」


「うん……」


「それで心配になって澄川さんの家に行ったんだけど、澄川さんが留守で……」


「うん……」


「ファミレスで会ったとき、少しびっくりしたよ」


「うん、そうだね……」


「学校にも来なくて、家にもいなくて、もう会えないんじゃないかと思ってたから」


 そう言った石黒くんの顔がなんだか寂しそうで、申し訳なくなって「ごめん」と謝る。


「大丈夫だよ。こうやって会えたから。また会えて、すごく嬉しい」


 その言葉に、胸が高鳴った。


 ううん、違う。石黒くんの「嬉しい」は私のことが好きだからとか、そういう意味じゃなくて、友達として「嬉しい」と言っているのだ。勘違いしないで。


 自分にそう言い聞かせて、小さく深呼吸してから「私も嬉しい」と小さく笑う。


 私の「嬉しい」は、好きだから。でも石黒くんの「嬉しい」は、友達として。


 そう、また自分に言い聞かせる。


「お待たせしました」


 店員が食事を机に置く。


「ごゆっくりどうぞ」


 卵がふわふわしたオムレツと、シュワシュワと音を鳴らすブドウソーダフロート。

 どちらもとても美味しそうだった。


「あ、石黒くんはカレーにしたんだ……」


 石黒くんの前には、野菜がごろごろと入った美味しそうなカレーと、綺麗なこげ茶色をしたアイスコーヒー。


「うん。美味しそうだったから」


 彼がにっこりと笑う。


「じゃあ、いただきます」


「いただきます」


 二人で手を合わせてから、ふわふわのオムレツをスプーンに乗せ、ぱくりと頬張る。


「わっ、美味しい……!」


 思わず声を上げる。


 石黒くんは私の言葉に微笑んでからカレーを食べた。


「うん、美味しいね」


 ブドウソーダフロートも飲んでみる。

 初めて飲んだが、とても美味しかった。


 ちらりと石黒くんを見ると、カレーを口いっぱい頬張っていて、なんだかハムスターみたいで可愛かった。

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