第十三章

 土曜日になった。


 午後二時、昼食を食べた後に真織さんの運転する車に乗り、真織さん、愛彩さん、真夏さん、そして私で家に向かった。


 一時間ほどして、家に着いた。


 近くのコインパーキングに車を止め、家まで歩いた。


 鞄から鍵を出し、鍵穴にさそうとする。

 手がぶるぶると震えていた。鍵が上手くささらない。


 すると、誰かに手を握られた。


「はるちゃん、落ち着いて……」


 愛彩さんだった。


「は、はい……」


 一度深呼吸をしてから、しっかりと鍵をさした。

 鍵を回し、鞄に戻す。


 ドアを開ける。


 この家の匂いがふわりと漂った。


 最初に目に入ったのは、靴でごちゃごちゃの玄関。

 ゴミもある。


「お邪魔します……」


 愛彩さんが入ってくる。


 私は靴を脱ぎ、恐る恐るリビングへのドアを開けた。


 中には、ソファーでテレビを見ている母。

 部屋は……意外と綺麗だった。


 母はずっとテレビを見続けている。


「すみません」


 愛彩さんが母に声をかけた。


 母が驚いたような顔をして勢いよく振り向く。


「誰」


「霞瑞愛彩と申します」


「そ」


「少し用件があり来ました」


「何」


「はるちゃんをうちで引き取らせてもらいます。あなたの子供では、ないですからね?」


「何言ってるの。私の子よ」


 母が怪訝そうに眉をひそめた。


「いいえ。あなたはちょうど十年前、はるちゃんを、誘拐したんですよね。公園で遊び、家に帰ろうとして迷子になったはるちゃん——千雪を」


 どく、と心臓が鳴った。

 愛彩さんに〝千雪〟と呼ばれて、なんだか嬉しくて、懐かしくて、泣きそうになった。


「私の子だから」


「何回言えばわかるんですか? 千雪はあなたの子ではありません。私の子です」


「はぁ……頭の固い人ね」


 母がまたため息をつく。


「警察も一応呼びました」


 真織さんが部屋に入ってきた。


「え?」


「本気です」


 すると、警察官が部屋に入ってきた。


「警察です」


 警察官は警察手帳を出し、私達に見せた。


「ちょ、私は関係ない! 本当に私の子だから!」


 母が声を荒げた。


「へぇ……まだ嘘をつくのですか」


「嘘じゃない! ねえ? はる」


 急に母がこちらに視線を向けた。


「わ、たしは……」


 すぅ、と息を吸って、はぁ、と息を吐いて。私は母を睨みつけた。


「私は愛彩さんの子供!」


 そう叫んだ瞬間、思い出した。


     △▲△


 私は小一の夏、一人で公園に遊びに行った。

 同じクラスの友達と待ち合わせして。


 たくさん遊んで、五時になった。私は友達と別れ、帰路に着いた。


 だが何を思ったのか、私は通ったことのない道に入って行った。


 そのまま知らない町に辿り着いた。

 その知らない町が、この町だ。


『どうしたの?』


 その時、女性に声をかけられた。


 その女性が、母のことだ。


 母は買い物終わりで家に帰っている途中らしかった。


『迷子になっちゃったの』


 私は正直に答えた。


『……そうなの? なら、私の家においで』


 母はにっこりと笑った。


 私は恐怖心を押し殺して、『うん』と作り笑いを浮かべて返事をした。


     △▲△


 そこからは、なにも覚えていない。


 どうして私は元の家を忘れていたのか。


 それはわからなかった。

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