第十一章

「ただいまー」


 リビングで本を読んでいると、霞瑞さんが帰ってきた。


「あっ、おかえりなさい」


「おかえりー」


「おっ、はる、ここにいたんだ」


 うん、と頷く。


「あと、かみ——真夏さんって、同い年だったんだね」


 さりげなく真夏さん、と言ってみる。


「そうだな、言ってなかったっけ?」


 彼はそのことには気にせず、きょとんとした顔をした。

 私が彼のことを名前呼びしたことを気にしない彼に、少しほっとした。


「うん」


 彼は「そうだっけかー?」と八重歯を出して笑っていた。


「そうだ、はるってお菓子食べれるか?」


「え、うん」


「色々買ってきたんだよ」


 真夏さんがビニール袋を私に見せてくる。


 中にはポテトチップスや、ポッキー、ビスケット、グミなどが入っていた。


「俺がお菓子好きでよく買うんだけど、はるも食べるか?」


「えっ、いいの?」


「おう、もちろん」


「じゃあ、食べたい」


「部屋にも持って行っていいからな」


「うん」


 小さく頷く。


「あ、はるちゃん、とりあえず、あの部屋ははるちゃんの部屋になるから、物とか置いていいよ」


「えっ、いいの?」


「もちろん」


 愛彩さんがにっこりと笑った。


「じゃあ、お言葉に甘えて……」


 小さく頭を下げる。


「そういえば、はるちゃんのご両親は大丈夫なの? 心配とか……」


 愛彩さんが困ったように首を傾げる。


「あっ、だ、大丈夫……」


 咄嗟に嘘をついた。


 本当のことを言いたくなかった。


「そっか。なにかあったら話していいからね」


「うん……」


 小さく頷いてから俯いた。


「私、お風呂掃除してくる……」


「あ、してくれるの? ありがとう」


 愛彩さんが優しく笑っていた。




 お風呂掃除が終わり、リビングに戻る。


「あれ、真夏さんは?」


 テレビを見ている愛彩さんに声をかける。


「部屋で勉強してるよ」


 愛彩さんが振り向いた。愛彩さんの隣に座る。


『幼女が行方不明になって、十年が経ちました』


 ニュースでそう言っていた。


「この町で、幼女が行方不明になったことがあるの……?」


 愛彩さんに訊ねる。


「うん……実は、私の娘が……」


 愛彩さんから告げられた事実に、どきり、と胸が嫌な音を立てた。


「そう、なの……」


「……うん……」


 再びニュースを見る。


『今から十年前。行方不明になったのは、霞瑞千雪ちゆきさん。六歳。公園に行ったっきり、帰ってこないといいます』


 霞瑞千雪さん。


 隣をちらりと見ると、愛彩さんは苦しそうに顔を歪ませていた。


『千雪さんの写真は、こちらです』


 突然映った女の子の写真。


 小一の女の子。

 髪は二つに結んでいる。

 彼女はにっこりと笑っていて、ピースをしている。


 その姿は、私の小さい頃と似ていて——。


——私?


 突然、くらりとめまいがした。

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