第十章

 目を覚ます。


 見覚えのない場所で一瞬混乱したが、すぐにここが霞瑞さんの家だと思い出す。


 壁掛け時計を見ると、時刻は十時。


 私は持ってきた服に着替えてから部屋を出た。


 リビングへのドアを開ける。


「あっ、はるちゃん、おはよう」


 テレビを見ていた霞瑞さんの母がこっちに振り向き、笑顔を向けてくる。


「おはようございます」


「寝れた?」


「はい。おかげさまでぐっすりでした」


 小さく笑って答える。


「よかった。あ、朝ご飯食べる? お腹空いてるでしょ?」


「えっ……いいんですか?」


「当たり前だよ。どうする?」


 少し悩む。


 お腹は空いているが、迷惑はかけたくない。

 でも……。


 悶々と悩んでいると、霞瑞さんの母は小さく笑ってから言った。


「なら、食べて」


 その言葉に、私は救われた。

 はい、と答えた私は霞瑞さんの母に渡されたクッションに座る。


 テレビではニュースがやっていた。


 ぼーっとテレビを眺めていると、目の前に朝食が置かれる。


「あっ、ありがとうございます」


「いいえ、どうぞ」


 いただきます、と手を合わせてから食べ始める。


 メニューは白飯、みそ汁、だし巻き卵、ほうれん草のバターソテー、サラダだった。


 美味しそう、と思いながらだし巻き卵に手を付けた。


「美味しい……」


 他人の料理を食べたのはいつぶりだろう、と思った。


 本当に久しぶりだ。


 ばくばくと勢いよく食べ続ける。


「ねえ、はるちゃん」


 霞瑞さんの母が話しかけてきたので、はい?と言って箸を止める。


「……もうちょっと、ゆっくり食べたら?」


 はっとした。


「ゆっくり食べた方が、味がわかると思う」


 そういえば、早食いが癖になってから、ご飯の味がわからなくなったような気がする。


 少し震えた手を抑えて、ゆっくりとご飯を食べ進める。


 味がふんわりと口内に広がる。


 ご飯って、こんなに美味しかったんだ、と少し感動した。


「美味しい、です……」


「よかった……」


 十五分かけて間食した。こんなに遅く食べ進めたのは久しぶりだ。


「ごちそうさまでした。遅くてすみません」


 小さく頭を下げる。


「ううん。ゆっくり味わって食べてもらえて、嬉しかった。真夏は遅刻するー、って言いながら高速で食べてたから」


 霞瑞さんの母がおかしそうに笑った。 


「あ、霞瑞さんはどこに行ってるんですか?」


「高校に行ってるよ」


「え?」


「ん? どうかした?」


 霞瑞さんって、高校生なのか……、と驚く。てっきりもう成人しているのかと思っていた。


「じゃ、じゃあ、霞瑞さんは私と同い年……?」


「えっと、はるちゃんは高校一年生だっけ?」


「はい」


「じゃあ、同い年だね」


「えっ、もう二十歳くらいかと思ってました……」


 驚きながら答えると、彼の母はくすりと笑いながら、「まだまだ子供だよ」と言った。


「あ、そうだはるちゃん」


「はい?」


「敬語、やめていいよ」


「えっ」


「敬語だと、なんかよそよそしいから……」


「あ、霞瑞さんのお母さんがいいなら……」


 そう答えると、霞瑞さんの母は唐突に噴き出した。


「うふふっ……! 霞瑞さんのお母さんって……!」


 口元を抑えて笑っている。


 私はどうすればいいかわからなくて、ぽかん、と霞瑞さんの母を見つめる。


「ふふっ……笑っちゃってごめんなさい……ちょっとおかしくて……」


「え、なにが?」


 頭にはてなマークが浮かんだ。


「ううん、霞瑞さんの母じゃ、よそよそしいな、って。そういえば、名前教えてなかったね。私は霞瑞愛彩あや。愛彩って呼んでいいよ」


「えっ、あ……愛彩さん……?」


「うん」


 愛彩さんがにっこりと笑った。


「あ、私の夫の名前は霞瑞真織まおり。真織って呼んであげて」


「じゃあ、真織さん?」


「そう。じゃあ、はるちゃん、改めてよろしくね」


「よろしく」


 お願いします、と付け加えそうになったが、ぎりぎりで言わなかった。

 敬語はやめる。


 少しだけ、愛彩さんとの関係が進んだ気がした。

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