第八章

 私はリュックに、荷物をまとめていた。


 着替えと、必要な物、メモ帳、ボールペンなど。


 スーツケースで行けばいいのだろうけど、そうすると傍から見て普通に家出少女に見える。

 下手したら警察に突き出されてしまう。

 それは嫌だった。


 私は自室の鍵を閉めて、鍵をリュックにしまった。


 両親が寝ているので、そろりと忍び足で階段を下りる。


 なにか食べ物がないかと探す。

 なんとなく流しを見ると、カップラーメンの空の容器が二つ。


 それくらい、水で流してごみ箱に捨てればいいのに、と思った。


 まさか、と私は思う。洗面所のドアを開ける。


 想像通り、洗濯ネットには洗濯物が少し溜まっていた。


 はあ、とため息をつく。


 この人たちは立派な大人なのに、なぜ私にできることができないのだろう。

 もうあなた達の世話はこりごり。


 そう思い、洗面所を後にした。


 キッチンから適当に食べ物を持って、私は玄関に向かった。


 靴を履き、家を出る。


 家の外に出ると、秋の風が頬を撫でた。


 もう秋だ。あまり外を見ていなかった私は、知らなかった。


 家の鍵を閉めて、スマホの連絡先を開く。

 父と母の連絡先を削除した。


 そして、名残惜しく思いながらも【石黒零夜】と表示されている場所を開く。


 ごめん、石黒くん。

 心の中で謝ってから、削除ボタンを押した。


 私は家に向き直る。


 ばいばい、父と母。

 あなた達のことを、〝お父さん〟、〝お母さん〟と呼んだことは一度もなかったね。呼びたくなかったんだよ。


 そして、もうあなた達には一生会いたくない。


 私は振り向きもせずに家を後にした。




 三十分ほど歩いただろうか。

 時刻は深夜十二時前。


 私は家で握ったおにぎりを食べながら夜道を歩く。


 たまに車が私の横を通るだけの、人通りの少ない道だ。


 後ろからバイクの走行音がする。


 そのままバイクは私の横を通り過ぎた——かと思ったが、バイクは私の横に止まった。私は驚いて足を止める。


「君、こんな夜遅くにどうした?」


 男性だった。


「えっ、いや、散歩に……」


「散歩だったら、夜遅くに大荷物背負わないよな? あと、君成人してなくない?」


 勘が鋭い、と思った。


「話ぐらいだったら聞くけど……?」


「……家出です」


 思わず言ってしまった。

 なんとなく、彼なら話を聞いてくれる気がしたから。


「家出?」


 彼は小さく首を傾げた。


「家が辛くて、もう嫌で、逃げたんです。だから、ほっといてください」


「……じゃあ、俺の家来る?」


「えっ」


 すごく悩んだ。


 彼について行けば、宿は確保できる。

 だが、迷惑じゃないだろうか。


 でも……。


「……じゃあ、お願いします」


 少し投げやりに答えた。


「おっけ」


 彼はそう言ってヘルメットを取った。

 彼は顔立ちが整っていた。

 染めたと思われる金色の髪が綺麗だ。


「後ろ乗って。ここから一時間くらいだから。ほら、ヘルメット」


 私はヘルメットを着けてからバイクの後ろに乗った。


「掴まってろよ? 落ちるからな」


「はい」


 バイクが走り出した。


 彼の腰に手を回す。


 彼の匂いだろうか。風に、安心できる匂いが混ざっている。


——そして、彼に既視感を感じるのはなぜだろう。


 気のせいか。きっと、彼に似た人に会ったことがあるだけだ。


「あ、そういえば君、名前は?」


 彼が少し大きな声で訊いてくる。


「澄川はるです。澄んだ川で、澄川。はるはひらがなです」


 私も少し大きめの声で言った。


「はるって呼ばせてもらう。俺は霞瑞真夏かみずまなつ。霞に、あー……瑞なんだが、あとで紙に書く。名前は真面目の真に、夏だ。よろしくな」


「よろしくお願いします、霞瑞さん」


 霞瑞とは珍しい苗字だな、と思った。


 そして、真夏という名前。

 彼にはぴったりだと思った。

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