第六章

「ねえ、はるちゃん」


 休み時間。渡辺さんが声をかけてきた。


 私はどうしたの?と首を傾げる。


「はるちゃん、昨日と今日、石黒くんと登下校してたでしょ?」


「えっ」


 目を見開く。


 見られてしまったのだろうか。


 心臓が嫌な音を立てた。


「あっ、桃香が言ってて! それで……」


「……うん、た、たまたま会ったから。本当、それだけ……」


 傍から見たら、きっと最後の言葉は余計だっただろう。

 やばい、どうしよう、と思った。


「そう、ならよかった……」


 彼女は安堵したように肩を撫でおろした。


「〝ならよかった〟?」


 彼女はしまった!という顔をした。


「じ、実は私ね、……石黒くんが好きなの」


「え」


 どくん、どくん、と心臓が早鐘を打ち始める。


 渡辺さんは、石黒くんが好き?


 私も石黒くんが好きだ。昨日わかったばかり。


 彼の笑顔が、彼の性格が、全て好きだ。


 私は石黒くんが好きだ。

 でも渡辺さんも石黒くんが好きで。

 きっと石黒くんも渡辺さんが好きで。


 あーあ。


 自嘲的な笑みが漏れた。


 私に、勝ち目なんてない。


「そ、そっか、すごくお似合いだと思う! 応援してるね! わ、私、トイレ行ってくる!」


 明るい声で、精一杯笑顔も作って。でも本当は、今にも泣きだしそうなほどショックを受けていて。


 「ありがと」と嬉しそうに笑った彼女の顔が、憎い。




「う、……っ」


 トイレで泣いた。幸い誰もいなかったから、声は抑えずに泣いた。


 石黒くんに振られた。

 渡辺さんの笑顔に嫌悪感を感じた。

 そんな自分に、嫌気が差した。


 頭の中がぐちゃぐちゃで。


 なんかもう、よくわからなくて。


 泣いていると、なんで泣いているのかすらわからない。


——消えたい。


 人生で初めて、本気で思った。


 死にたいんじゃない。

 消えたい。

 最初からいなかったことにしたい。


 泣いて泣いて、涙が枯れた時、私は教室に向かった。


 スクールバッグに荷物をまとめて、担任に早退します、と言ってから教室を出る。担任の「おい!?」というびっくりしたような声が聞こえたが、私はそれを無視して下駄箱に向かう。


 俯いていたので、顔は見えなかったはずだ。


 上履きからローファーに履き替えて、駅へ歩き出した。


 家に直接帰る気にはなれなかった。どこか、遠くの町へ行きたい。

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