第五章

「澄川さん」


 放課後。石黒くんに声をかけられた。


「どうしたの?」


「ちょっと、屋上に来てくれない?」


「え、うん」


「俺、先に行ってるから」


「わ、わかった……」


 なんだろう、と少し不思議に思いながら、スクールバッグに荷物をまとめてから私は屋上へ向かった。




 屋上の重いドアを開けると、彼は空を見ていた。


「石黒くん、来たよ……」


 声をかけると、彼はすぐにこちらを向いた。


「こっち来て」


「うん」


 彼の隣に立つ。


「澄川さん」


「ん?」


「無理、してない?」


「え?」


 一瞬、彼が何を言っているのかわからなかった。


 私は学校で、何か無理をするようなことをしていただろうか。


「どういうこと? 全然無理してないよ」


「家で」


「っ……!」


 なんで彼がそんなことを言うのか、わからなかった。


 彼に家庭事情を話した覚えはない。


 じゃあ、なんで……。


 頬が冷たい。

 触ると、涙が出ていた。


 なぜかぶわりと涙が溢れた。


「毎日頑張って、偉かったね」


 私は彼の言葉に返事をすることもなく、泣き続ける。


「人間は無理しすぎると壊れるから、その前に誰かに相談して、助けを求めていいんだよ。頼っていいんだよ」


 彼の言葉は、こんなにも優しい。


 私はなにも出来ないのに。


 成績もよくなくて。運動神経も悪くて。料理も特別上手いわけじゃない。顔も可愛くないし、思いやりもなくて。誰の役にも立てない私。

 そんな私を褒めてくれたのは、彼が初めてだった。


「大丈夫、偉かったね」


 彼は私の頭を撫でてくれた。

 頭を撫でてくれたのも、彼が初めて。


「……私って、生きてていいの……?」


 恐る恐る訊ねると、彼は私が見た中で一番優しい笑顔で、


「もちろん」


 と言ってくれた。


 ああ、よかった。

 私って、何もできないけど、生きてていいんだ。


 私は安堵して、泣き続けた。


 そして一つ、気が付いたことがある。


——私は、石黒くんのことが好きだ。




 私が泣き止むまで、彼は私の頭を撫でてくれていた。


 私が泣き止んだ時、彼はほっとしたような顔をしていた。


「澄川さん、不満とか、愚痴とかをいつでも吐き出せるように、連絡先、交換しよう」


「……うん」


 スマホを取り出して、連絡先を交換した。


 【石黒零夜】という文字を見て、心が躍った。


「じゃあ、帰ろうか」


「うん」


 私達は一緒に高校を出た。


「石黒くん」


「ん?」


「ありがとう」


 笑ってお礼を言うと、彼も微笑んで、「どういたしまして」と言った。


 どくん、と心臓が高鳴る。


 あれ、私って、彼の近くの席だから、彼の好きな人の項目に入るんじゃ……?と馬鹿なことを思った。


 私はロングヘアで、近くの席だけど、決して美人ではない。

 小さい頃、両親に何度ブスだと言われたことか。


——でも、彼のことを信じてよかった。

 私は心の底からそう思った。

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