第三章

 休み時間。二人の席に多くの人が集まった。


 そうなるだろうな、と思った。

 二人は美男美女だ。


 そんな二人が隣の席になったら、恋が芽生えるだろう。


 なんだか胸がざわざわした。


 それには気が付かなかったふりをして、私は聞き耳を立てる。


「石黒くんって、なんで引っ越したの?」


「親の仕事の都合で」


「好きな食べ物は?」


「なんでも好きかな」


「好きな人は!?」


「……いるよ」


「えぇ!?」


 女子が声を上げた。


 私もびっくりした。

 好きな人……渡辺さんだろうか。


 近くで、「石黒くんが好きな人って、美月のことなんじゃない?」と女子が話していた。




「ねーねー石黒くん、一緒にお弁当食べよ!」


 昼。

 渡辺さんの親友の佐々木桃香ささきももかさんが笑顔で石黒くんに声をかけていた。


「美月も一緒に!」


「いいよ」


「やったー!」


 石黒くん、渡辺さん、佐々木さんが机をくっつけてお弁当を食べ始める。


 私もお弁当を食べ始めた。もちろん、いつもの早食い。


「石黒くんって、好きな人がいるって言ってたじゃん?」


「うん」


「それって、同じクラス?」


「そうだよ」


「その子について教えてよー」


「うーん……優しくて」


 渡辺さんは優しい。

 こんな私に毎日声をかけてくれるくらい。


「ロングヘアで」


 渡辺さんはロングヘアだ。

 少し色素の薄い、こげ茶の。


「美人で」


 渡辺さんはもちろん美人だ。

 この高校で一番美人だと言われている。


「……近くの席」


 渡辺さんは近くの席。

 もう、好きな人は渡辺さんと確定した。


「へ、へえ……そうなんだ……」


 渡辺さんの顔は明らかに赤かった。


 お弁当を食べ終えた私は、トイレに向かった。


 三人の会話をもう少し聞いていたかったが、もういいんだ。




 私は昼休みが終わるギリギリまでトイレにいた。

 いつものことだ。


 廊下を歩いていると、石黒くんと渡辺さんが二人きりでなにかを話していた。


 盗み聞きは悪いと思いながらも、私は隠れながら二人の会話を聞いていた。

 声だけなので、表情は見えない。


「きょ、今日、一緒に行きたいところがあるんだけど……あの、一緒に行ってくれない……?」


 少しだけ、なんだ、そんなことか、と思った。

 きっと石黒くんは、彼女の誘いに「いいよ」と答えるだろう。


 だが、私の予想は外れた。


「ごめんね、今日、用事があるんだ」


 えっ、と心の中で声を上げる。


「あ、そっか。じゃあ、教室戻るね」


「わかった」


 彼女の去っていく足音が聞こえたところで、私は遠回りで教室に戻ろうと思った。が、踵を返そうと歩き出した途端、足が音を立ててしまった。


 後ろを見ると、盗み聞きしていた人がいるとは思わなかったのだろう、彼が少し驚いたような顔をしてこちらを見ていた。


「えっと……名前は?」


 彼が困ったように首を傾げた。


「……澄川すみかわはるです……」


「澄川さんか。よろしく」


 石黒くんが笑って言った。


「よかったら、一緒に教室に戻らない?」


「あっ……私、トイレに行こうと思ったから……」


「そっか。じゃあ、また教室で」


「うん……」


 さっきトイレに行ったばかりなんだけど、と思いながら、私はトイレに向かった。




 放課後。

 声をかけてきた渡辺さんに返事を返して、校門を出た。


「澄川さん!」


 振り向くと、走ってきた石黒くん。


「え、どうしたの?」


「一緒に帰らない?」


 え、と驚いて目を見開く。


 彼は今日、用事があると言って渡辺さんの誘いを断っていたはずだ。

 用事はどこへ行ったのだろう。


「よ、用事とかない……?」


「ないよ。あったら誘わないし」


 そんな笑顔で言われて、断れるはずがない。


「なら、いいけど……」


 私達は並んで歩く。


「澄川さんはどこに住んでるの?」


 私はすらすらと住所を言う。

 小さい頃は覚えていなかったが、今はもう覚えている。


「えっ」


 彼は私の住所を聞くと、驚いたように声を上げた。


「え、どうかしたの?」


「いや、横に一軒家を挟んでマンションあるでしょ?」


「うん。十階建ての」


「そこ、俺が住んでるマンション」


「えっ」


 こんな偶然あるんだな、と思った。

 言われてみれば、少し前にマンションの前に引っ越しのトラックが止まっていたような気がする。


「そうだ。これからさ、一緒に登下校しない?」


「えっ」


 どうしよう。


 私は、誰かと仲を深めるつもりはない。


 期待したって、裏切られる。


 怖い。


 だから、誰とも深い仲にはなりたくない。


 そう思っていたのに。


「……うん、いいよ」


 気が付いたら、そう答えていた。


 石黒くんなら、信じていいような気がする。


 少しだけ、信じていいだろうか。


「やった」


 彼が嬉しそうに笑った。


 そこからは他愛のない話をしながら歩いた。

 意外とあっという間に家に着いた。


「じゃあ、また明日の朝」


「うん。またね」


 がちゃ、と家のドアを開けた。


 ああ、ここから地獄の始まりだ。

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