第二章

     △▲△


 あれは、小四の出来事だった。


 私は冬生まれなのに、なんではるという名前になったんだろう、だなんて思いながら、夜道を歩いていた。


 家にいるとなんだか苦しくて、散歩をしようと思っていた。

 その時はまだ両親に無視されていなかったし、家事も押し付けられていなかった。


「ねえ」


 後ろから声をかけられ、びくりと肩が震える。

 恐る恐る振り向くと、そこには男の子が立っていた。


 闇に飲み込まれそうなほど真っ黒な髪。

 それに対して白い肌。

 紺色の目には、宝石が散らばっている。


 なんて綺麗な男の子だろう、と思って呆然と彼を見つめていた。


「どうしたの、こんな夜遅くに」


 彼は首を傾げる。


「あ、あなたこそ、夜遅くになにしてるんですか」


 身長も同じくらいだったので、同い年だろう、と思った。


「俺は散歩。それで、今から帰るところ」


「私も散歩です」


「なら一緒に帰ろう?」


「嫌です。まだ家を出たばかりなので……」


 まだ外にいたいんだ。新鮮な空気を吸っていたいんだ。


「うーん、でも帰ろう。危ないよ」


「……わかりました」


 渋々と頷き、彼の横を歩く。


「君はどこから来たの?」


「家から」


 そう言うと、彼は噴き出した。


「……え?」


「ははっ、知ってるよ、どこに住んでるのかな、って」


 くくく、と彼は笑いを漏らしている。

 その笑顔は明るくて、でも夜の街のような静かさもあって、なんだか彼の笑顔にどきりとした。


「わ、私はあっち方面ですね」


 住所をあまり覚えていなかったため、家の方向を指さした。


「そっちか。俺はこっち」


 彼は私と反対方向を指さした。


「あ、そうなんですね……」


「じゃあ、ここでお別れか。さようなら」


「さ、さようなら……」


 手を振って別れた。


 彼は何者だったんだろう。

 名前くらい、聞いておけばよかった。


 私は振り向くこともなく、月を見上げて家への道を歩いた。


     △▲△


 そんなことがあった。

 もう何年か前のことなので、忘れていた。


石黒零夜いしぐろれいやです。隣町から引っ越してきました。これからよろしくお願いします」


 彼——石黒くんは柔らかい笑みを浮かべる。その笑顔に見覚えがあった。

 明るいけど、夜の街のような静かさを感じる笑顔。あの時に見た笑顔だ、と思った。


 教室からは「よろしくー」という声が上がる。


「じゃあ、石黒の席はあの女子の隣な」


 教室がより一層ざわりと騒がしくなった。


 あの女子とは、渡辺さんのことだった。


 いいなぁ、と少し思った。


 私も石黒くんと話してみたかった。

 まあいいか。


 必要以上に誰かと仲を深めたくないから。

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