第29話

 顔に熱を感じて開けた目に飛び込んできたのは、パチパチと火花を飛び散らせた大きな炎。そして、その燃えあがる炎の先を見上げると、空一面の星。雲のように湧いて出来上がったかと思う天の川。炎の明るさにも、決して負けない星たちの輝きを、いつまでも見ていたいと思った。

「あやめ、次は私たちの番だよ!」

穂香に呼ばれて、あやめは頬に涙が流れていることに気がついた。


「イリス!早く、魔エキ飲んじゃいな!」

ダリアに言われるまま、気が付くと、イリスは小さなグラスの中の魔エキを飲み干した。口に中に、花の香りが広がっている。そこは、研修所の部屋。

(いい匂いだ。パパが心を込めて育てた花だ)




「なぁ、あやめ。キャンプ、良かったろう」

「うん。イリスも、研修会結構楽しかったでしょ」

「ああ、族長たちのアトラクション、めちゃ笑えたよ」

「信じられないよね。何だったっけ…ええっと…そうそう、フレンチカンカンだ!私、初めて見たわ」

「アタイだって、もう何十年も見てないよ。族長たちが、必死にやってるの、笑えたよな」

 今日は、イリスの家でのお泊り会。そこで、イリスはこれまでのできごとを、デイジーとアナベルに話した。

「イリスもあやめも、大変だったな。正直なところ、アタイたちはずっとイリスと過ごしていたと思ってるけどな。一体何が起こってたのか、さっぱりわからないよな」

デイジーがそう言うと、アナベルもうなずいた。

「時もどしの魔法は、時にはとんでもないトラブルを引き起こすってことだ。まぁ、水つかいの魔法は、誰にも迷惑かけないから安心だ」

「何言ってるんだ!いつもトラブルおこしてるの、アナベルじゃないか」

「アタイは、平和主義者だ!」

アナベルの一言に、みんなお腹をかかえて大笑いした。

 そこへ、カンナが食事の準備ができたと、呼びに来てくれた。

「まぁ、とりあえずお腹を満たすことにしよう」

五人は、ダイニングに移動した。窓の外から、真っ赤な夕日が差し込んでいた。

「まぶしいな。カーテンを閉めよう」

「ママ、そのままにしてくれ。外の景色を楽しみながらの食事も良いもんだよ」

イリスの思いがけない言葉に、カンナが目を丸くした。

「季節を感じながら生活するのって、楽しいものだよ。なぁ、あやめ」

「そうだね。一日の中でも、空っていろいろ変化するし、それを楽しむのって良いよね」

五人は、互いの顔を眺めながらうなずいた。


 楽しい食事を済ませたあと、五人は再びイリスの部屋に戻った。そして、あやめとイリスが顔を見合わせると、思い切ったようにイリスがきりだした。

「お願いがある、デイジー。あやめの記憶を消して欲しいんだ。魔族に関すること、全てだ」

「そうだな。その方が良いかもしれない」

デイジーが微笑むと、ダリヤもアナベルも黙ってうなずいた。

「でも、私たちはずっと友達だよ。魔族だとか人間だとか、どうでもいい。私は、みんなが大好きなんだ」

「うん、アタイたちは、ずっと友達だ」

あやめを四人が、取り囲んだ。

「じゃあ、あやめ。ちょっとだけ頭を触るよ。何もしなくて大丈夫。一瞬で終わるから」

差し出したデイジーの指先が、あやめのおでこにちょっと触れた。ほんの一瞬、あやめの頭の中で、火花が散ったようなパチンという音が響いた。

「さぁ、あやめ。今日は何のお泊り会だった?」

イリスが、たずねた。みんな、あやめが何とこたえるか、固唾を飲んで見守った。

「ええっと…何だったっけ…。あっ、そうそう。ごめん、ぼうっとしちゃった。イリスのイタリア旅行の話を、みんなで聞こうってやつだよね」

デイジーガ、ほっと胸をなでおろした。


 楽しいおしゃべりは、深夜まで続いたが、ようやく睡魔に襲われると、あやめは、イリスの大きなベッドで一緒に眠ることにした。ダリア、デイジー、アナベルは、別の部屋で眠ると言って、魔法空間を通って、それぞれの家に帰っていった。

 ベッドに入ると、あやめは正直に話しだした。

「イリス、ごめん。私、本当は全部覚えてる。魔族だったことも、全部。私に、デイジーの魔法は効かなかったみたい。でも、大丈夫。誰にも言わないから」

「やっぱり、そうだったんだ。そうじゃないかって思ってたよ。なぁ、あやめ。おばあちゃんは、時もどしで、アイリスに別の秘薬を飲ませたんじゃないかな」

「何?別の秘薬って」

「アタイ、よくおばあちゃんに言ってたんだ。魔族なんて大嫌いだ!人間なんて、もっと嫌いだ!って。そんなアタイのことを心配して、アイリスが生まれ変わって、アタイに出会えるような薬をつくったんだ。おばあちゃんは、魔族一の薬作りだったからな」

「ふふふ…。なるほどね…。そのアイリスの生まれ変わりが、私だってことか。そう考えるのも、おもしろいね」

「ふふふ…。な、おもしろいだろ」


 魔法空間にあるイリスの部屋は、物音ひとつしない。風で揺れる木や草の音、雨の音も聞こえない。

「アタイ、あやめの部屋で、夜いろいろな音を聞きながら眠ったんだ。それも、楽しかったなぁ。でも、朝、鳥の声で目が覚めた時は、動物園で眠ったのかって、びっくりして飛び起きたよ」

あやめは、目を閉じながらイリスの話を聞いていた。

「最初は、私、泣いてばかりいた。でも、ちょっとずつ強くなったような気がする。それに、同じ時間を二回繰り返したおかげで、キャンプと研修会、両方行けたんだ。こんなに、ラッキーなことないよね」

「そうだな。ラッキーだったな。それから、もう一つ良いこと教えてやるよ。『イリス』って、ギリシャ神話に出てくる『あやめ』の花のことらしいんだ」

閉じていた目を開いたあやめが、イリスに顔を向けると、にっこり笑った。

「私も、良いこと教えたげる。『アイリス』って、『あやめ』のことだよ」

 魔法空間の時間は、ゆっくり流れる。

「あやめは、おばあちゃんからの贈り物だ」

「うん、最高に素敵な贈り物でしょ!」              end


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

あやめとイリス せりなずな @haruno-nazuna

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ