第28話

 キャンプから帰った翌日、イリスは、あやめの家を訪ねた。どうしても、直接会ってお礼を伝えたかった。そして、もう一度、謝りたかった。が、あやめは、

「いいんだよ。こうなって、アタイもいろいろな経験ができて、良かったって思ってる」

そう言って、イリスを抱きしめた。

「ありがとう、あやめ。私も、魔族ではできなかった経験が、たくさんできて良かった。もっと人間のことを理解しなきゃって思ったよ」

 あやめは、イリスを自分の部屋に招き入れた。そして、部屋に入るなり、イリスに言った。

「なぁ、イリス。元に戻ったら、ちゃんと魔エキ飲めよ。パパが、一生懸命改良してくれたんだろ」

「わかってる。わかってるんだけど、飲めないんだ」

「もしかして、まだ焼いたイモリとか、クモの巣とかっていうの、信じてるのか?」

「えっ?信じてるって…。そうじゃないの?」

やっぱりと一言そう言ったきり、あやめはしばらく笑いを止めることができなかった。

「本当に、信じてたんだ。そんなもの、誰だって飲みたくないよ。そんなの人間が勝手に作り出したものだ。魔エキの原料は、魔界に咲く花だ。なぁ、イリス。魔族として生きていくなら、ちゃんと飲んでくれ。もし、どうしても飲めないって言うんなら、このまま元に戻さず、人間として生きていくしかない」

笑い顔から一転、あやめの目に力が込められたのをイリスは感じた。

「あやめ…。もしかして、覚悟してるの?」

「そうだ。魔エキも飲めないまま魔族に戻って、短い一生を終えていくなら、魔族のことは忘れて、人間として生きていく方が良いんじゃないか?ってな。アタイは、魔エキが飲める。魔族として、生きていくこともできる。さぁ、どうする」

あやめの部屋の大きな鏡に、見つめ合うあやめとイリスが映っている。その大きな鏡の額には、二人の少女が花束を抱えた姿が彫刻されている。身動きもせず、二人は自分の心の声を聴いていた。沈黙が続く。

「わかった」

声を発したのは、イリスだった。

「私は、魔族だ。魔族として、覚悟を決めて生きていく。だから、お願い。あやめ!

もう一度、時もどしの魔法、やってみて!それで、今度こそ戻ろう!」

「ああ、アタイもそうしようと思った。でも、頼みがある。アタイが人間に戻ったら、魔族だったときの記憶は、デイジーに頼んで消してくれ。あの子たちと過ごした時間を忘れるのは、辛いけど…。その方が良いんだ」

あやめが、微笑んだ。

「そうだね。自分が魔族だったなんて、そんな記憶ない方が良い。でも、私たちは親友だよ。それだけは、忘れないでね」

イリスも、微笑んだ。

「じゃあ、やるよ!でも、決められた日にちには戻れないかもしれない。その変わりイメージはできるよね。イリスの戻りたい時間を」

そう言うと、あやめは両手を差し出した。差し出されたあやめの手首を、そっと握ったイリスは、目をゆっくり閉じた。そして、頭の中いっぱいに、星を散りばめた。キャンプで見上げた、あの星空。天の川とときどき流れおちる星たちは、ため息が出るほどきれいだった。

 あやめは、両手の指をL字型にすると、目をゆっくり閉じた。そして、近所のお姉さんの顔を思い出した。大きく両手を広げて『こんなに大きいやぐらを組んで、炎が星空に吸い込まれるようなんだ』と言って空を見上げたお姉さん。あやめは、そのお姉さんが、そしてイリスが観たであろう満天の星を頭の中に描いた。

「さぁ、イリス!戻ろう!」

あやめの合図で、イリスは両手に力を込めた。お互い目は閉じていても、笑顔でいることはわかっていた。

 

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