第19話 魔法の課外授業

今日から課外授業が始まる。でかい荷物を持って寮に暮らしている4人は外で並んだ。

「よし、準備は済んだか」と正面でケイトが偉そうにメガネを持ち上げながら言った。


 しかし気になるのはケイトの横に中等生の女の子が気だるそうに荷物を椅子にして座っていることだった。


「まったくかったりいなあ」と座りながら呟いた。


「おいセレナ! もう中等生なんだからちゃんしないか」と座っている女子生徒にケイトが叱った。


「まったくケイト先輩はうるさいんだから」


「今回3泊4日の課外授業を行うが君たち初等生を引率するのに私一人では手に余る。だから中等生のセレナが今回の課外授業に参加してくれることになった。それにしてもセレナ、勉強嫌いのお前が初等生の課外授業を手伝うとはな」


「ケイト先輩、実は単位がやばいんですよ……先生にこの授業に参加しろって無理やり言われて、あたしだってこんなわざわざこんなのに……」


「ま、そんなことだと思った。よし時間がもったいない。早速出発するぞ」

 上等生と中等生はものすごいスピードで走っていった。それにハルト以外の初等生がついていった。

 「なっ!」と驚いてハルトは急いであとをついていった。

 ハルトは軽いピクニックだと思っていたから面食らった。

 体力には自信があったハルトだったが魔法使いというのはとことん化け物だと思った。調理する道具やテントなんかも持っているため荷物がやたらと重いはずだがとんでもない速度で山中を走り、木々を抜けて大きな岩を跳んで交わしていった。


 ケイトが先頭で走って、中等生はケイトにラクラクついていく。しかし初等生は遅れてついていく、ハルトなんて尚更だった。

 ケイトと中等生は先に進んで休んでいる始末だった。

「ようやく来たか。先を急ぐぞ」と初等生が追いつくとまた走りだした。

 そんな地獄の行進が行われた。


「お前たちやっと来たか」そうケイトが言った。

 最後方でヨレヨレで走っていたハルトだったがやっと野営予定地にやってきた。鬱蒼とした森の中で今日は過ごすことになる。

 上等生と中等生や余裕にしていたが初等生はウェシル以外は倒れて息を切らしていた。寮から近くの森を抜けて三泊して帰ってくるという行程だった。これは初等生の恒例行事となっている。なんでもこれが魔法使いの修養になるらしい。


「全く今年の初等生は体力がないんだから」と中等生のセレナが小言をほざいた。


「もう時間がない。これからテントを設置して食料を調達する。私は中等生の二人で行うからお前達初等生は初等生だけでそれを完遂しろ」


「えっちょっと休憩させてくださいよ」とハルトが膝に手をやりながらそう言った。


「モタモタしていると日が暮れてしまうぞ。明るいうちにテントを張って薪と食料を調達しなければ夜に大変なことになるぞ」


「み、水」


 そこで水筒から水を飲もうとしたログからケイトが水筒を取り上げた。


「水や食料の持ち込みは禁止したはずだ」


「なっ! なんで?」


「魔法使いたるもの、ギルドの仕事をすれば現地調達は基本だ。自分ひとりで何日も冒険できるようになるための授業だ」


「何なんだよそれ。魔法使いだって普段水筒ぐらい持ってるぜ」


「口答えするな!」


「はあ? まじかよ」


「とにかくお前たちは早く野営の準備をするんだ」


 初等生たちは手際悪くテントを張って薪を集めていた。男子二人と女子二人分の二つのテントを張ってその真ん中で焚き火をすることになった。


「さて誰か魔法で火をつけろよ」とログが言った。


「偉そうに自分でつけろよ」


「へいへい【初級レイ炎魔法フレイディア】」とログは唱えたが何も起こらなかった「あれ?」


「何をしているんだ」レミリアは帯剣していたレイピアを引き抜くと薪に剣先を向けた【初級レイ炎魔法フレイディア】』

 剣先から炎が出て枯れ木に火がついた。


「さてこれで寝る準備はできたな。けど腹が減ったな……」とログが言った。


「そうだな」とレミリアが同意した。


「やっぱり現地調達するしかないのか」そうログが言った。


「暗くなる前に調達しなければ今日は何も食べられなくなるぞ」レミリアが答える。


「食べ物って何が食べられるのか食べられないのかわからんが」そうハルトが言った。


「その知識を身に着けるのがこの課外授業の意義だ。毎年の初等生の恒例行事なんだから」と上等生のようなことをレミリアが言った。


「仕様がないがないこの辺で食えるものを探すか……」そうログがつぶやく。


「ではハルトとログ頼むぞ」そうレミリアが言い放った。


「「え!?」」


「この火は僕が起こした。だから僕とウェシルは火の番をしている。まだはなにもしていない。だから食材を取ってきて、これも分業なの」


「……ふざけんな! そんな横暴が通ると思っているのか?!」とログが怒った。


「なに文句あるわけ?」


「大ありだ!」


「魔法も使えないんだから食べ物ぐらい探しなさいよ」


「あんな簡単な魔法を使っただけで偉そうにするな!」


「ログ、その簡単な魔法だってできなかったじゃない。ハルトは魔法なんて使えるわけないし・ログ、これはチームプレイなんだ。余計な争い事を増やすなよ」


「増やしてるのはオメーだろ!」


「ログ、いいよ。早く探そうぜ」とハルトがいった。


「レミリア覚えているよ!?」と指差して山に向かった。


 ログとハルトは山を探索していたが何をしていいのかわからなかった。

「飯を探すったってキノコとか何が食べられるのかわかるのか?」そうハルトが言った。


「俺がわかるわけねえだろ。お前こそ田舎者なのに知らねえのか」


「田舎者って……」


「食糧調達か、懐かしいな」と唐突に声が響いてくると中等生の女の子がパンを食べながら歩いてきた。


「あっお前ずるいぞ」とログが言い放った。


「お前っていうなよ。こう見えてもお前たちより先輩なんだぞ」


「食糧は持ち込み禁止じゃないのか?」


「バレなきゃいいのよ。こんなとこでクソまずい山菜とかキノコとか食べたくないのよ」


「本当にひどいやつだな。こんなやつが先輩だなんて」


「いやログも似たようなもんだろ」


「どこが?」


「まあそんなことはいいけど、お前たち度胸はあるか? 面白いところがあるんだ」


「あっ? なんだいきなり」


「ついてこいよ」とニヤニヤしながらいってどこかへ歩いていった。


 ログとハルトは仕方がないからついてくる。


 日が暮れ始めて暗い森の中を3人で歩いていった。セレナは魔法具である傘を魔法で光らせて周囲を照らしていた。

 しばらく歩くと前を歩いていたセレナが立ち止まった。その前には洞穴があった。

「洞窟?」とハルトは言った。


「昼間見つけたんだ。こういう所に魔物がいるんだ」そうセレナが振り向いて言い放った。


「魔物?」とハルトが呟いた。


「ああ、お前ら根性があるのならこの中に入って一番奥まで行ってみろよ」


「はあ? なんで俺たちがそんなことせなあかんわけ?」とログがいった。


「怖いんだぁ?」


「いやそういう問題じゃねえ」


「こんな課外授業なんてつまんないだろう、洞窟探検だ」


「いやだからなんで俺たちまでそんなことしなきゃならねえんだよ。こっちは走りっぱなしで腹が減ってるんだ」


「チェッ、ノリが悪いんだから、じゃああたしだけで行くよ」そういうとセレナは一人で洞窟の中に入っていった。


 そしてしばらく静かな暗闇の中で二人は沈黙していた。


「それにしても遅えな」


「あっ、ああそうだね」


「ハルト、そういえばお前持ってきてねえけどどうした?」


「ああ、あれ重いから寮に置いてきたぜ」


「ほーん、ま、どうせお前は魔法なんか使えないからな」


「でも新しい魔法具があるよ、ほらこの手袋」


「そんなのあっても魔法が使えなきゃ話にならねえ。それにしても遅いな。何かあったか?」


「そういえばそうだね」


「ハルト、中に入るぞ」


「えっ?」


「もしかしたら魔物に殺されてるかもしれないだろ」


「そうしたら?」


「この課外授業は中止できる」


「あの……それで寮に帰って飯を食えるってこと?」


 そうして二人は洞窟の中へ入っていった。


 真っ暗な洞窟の中をハルトは慎重に歩いていた。暗くて冷たくて時々水が滴る音が響いていた。ログが魔法具である指輪を光らせて先導していた。

 洞窟の奥から生物の鳴き声が響いてきた。ハルトは肝を冷やした。

「なんの鳴き声だ?」


「魔物かもしれない」


「魔物?」


「ああ」


「ログ、魔物ってなんなんだ?」


「お前、そんなのも知らないのか? 一般人バニラでもそれぐらい知ってるだろう、普通」


「魔物って聞いたことあるけど見たことはないよ」


「魔物ってのは魔力エトスのある生き物のことだ」


「それだけか?」


「それだけって、魔力エトスを持ってるんだ。普通の生き物よりはるかに硬いし、俊敏だ。それに魔物ってのは魔力エトスを持つものを積極的に狙ってくるんだ。だから魔法使いはあぶないぜ。だから出会っても魔力を高めることなんてするな。お前が真っ先に狙われるぞ」


 進むと魔物の残骸らしきものが地面に散らばっていた。大きな昆虫のような生物の足や胴体が切断されてあちこちにあった。


「なんだこれは?」とハルトはビビりながら言った。


「魔物の死体だ。あの女が倒したんだ」


「おいやばいぜ。こんな化け物がいるのかよ?」


 ログはそのまま進み出した。仕方なくハルトも後ろについていく。そうやって無数の残骸を通り過ぎて進んで行くと開けた場所に出た。すると前方からゆっくりとした足音が響いてきた。今まで聞いたことがない大きくて確かな足音だった。二人は立ち止まって慄然とした。


「に……逃げろ……」と今度は暗闇から女性の声が響いてきた。「逃げるんだ」前方に光を向けると大きな口をした二足歩行の化け物がセレナの片足を咥えながらこちらへやってきていた。



 その魔物は体高は人間と大差ないが人間を丸呑みできそうな大きな口を持っていて

白いなまめかしい肌をしていた。前足はほとんど退化しており、そのため後ろの2本の足で歩行していた。


 魔物は二人の姿を認めると右足を咥えていたセレナを壁に飛ばして二人に咆哮した。


「なんだこの化け物は!」とハルトは叫んだ。


 ログは壁に強く打ち付けたセレナの方へ向かった。


「お前たちどうしてきた?」


「うるさい。大丈夫だ、命に別状はない、だが……」とログがセレナの血に染まった足を見て言った「歩けるか?」


「無理だ。あたしは置いていけ。お前たち二人で……あいつを連れて早く逃げるんだ」と答えてハルトに向かって叫んだ。「新入生、わかったか早く逃げるんだ!」

 

 しかしハルトは奇妙に落ちついてその魔物を見ていた。眼の前には大きな口を開けて威嚇している魔物がいる。

 ハルトは魔法具である黒い手袋を右手に装着した。


「ログ! 早くその人を連れて逃げろ。ここは僕が引き付ける!」


「あいつ、何言ってんだ?」とログは閉口した。


「あの馬鹿め、おいログとか言ったな! さっさとあいつを連れて洞窟からでろ!」


「安心してくれ! 僕は以前にも悪魔や盗賊と戦ったことがある。人間よりも化け物の方がやりやすい」


 ハルトは体から魔力ソウルを練って手袋をした右手で魔物の口腔を指さした。

「【初級レイ閃攻フレー――!】」

 その時、ハルトの右腕は魔物に魔法具ごと食いちぎられた。


 ハルトの右肘から先がなくなっていた。肘の先からおびただしい量の血が流れた。赤い鮮血が地面に向かって流れていく。

 魔物は口を上に向けて食いちぎった右腕を飲み込んだ。

「あああああああああああ」とハルトは叫んだ。


「馬鹿が、だから言ったんだ!」そうセレナが叫んだ。


(こ、殺される……)ハルトは動揺しながら化け物を見てそう思った。


「【中級レイス炎魔法フィアンマ】」

 そう唱えたのが聞こえると火球が化け物の背中に当たった。ログが魔法を放ったのだった。


「俺が引き付けるからその馬鹿と一緒に脱出しろ」


 セレナは傷ついた足を引きずって回り込んでハルトの元へやってきた。

「逃げるぞ、歩けるか? こんな……こんなになるなんて」

 

 切断された肘からおびただしい量の血が流れ続けた。興奮して逃げるどころではない。しかしハルトは奇妙な感覚を覚えた。なにかを感じる。目で見るとは違う、匂いとか音とも違う。なにかがあるのが神経から感じられた。こんな感覚は初めてだった。それがあの魔物の腹の中にあるのを感じたのだった。


(この感覚は僕、僕があの中にいるのか?! もしかしたらこれが魔力エトスを感じるということか? 食われた自分の腕に魔力エトスがあるんだ。魔法を発動しようとした残り香が)

 ハルトは毅然と直立し、ちぎれた右腕を魔物の背中に向けた。

「お、おい」とセレナが動揺した。


「【中級レイス炎魔法フィアンマ】!!」とハルトが唱えた。

 魔物の口から火と黒い煙が出てもだえ苦しんで倒れ込んだ。そしてハルトも倒れた。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 ログとセレナはなんとか気を失ったハルトを連れてテントに戻ってきた。

 そして2人は初等生のテントの前にある焚き火のところで座って話していた。

「どうだあいつの状況は?」とセレナが言った。


「止血はしたけど動かせる状況じゃない。もしかしたら出血が酷くて命に関わるかもしれない」


「あたしのせいだ。あたしのせいであいつの腕が……腕がなくなったんだ。取り返しのつかないことをしてしまった」と焚き火を見つめながらセレナがいった。


「あんたのせいじゃないさ。あいつは魔法使いだぜ。魔物と戦うことなんて当たり前のことなんだ」


「だけど洞窟に誘ったのあたしなんだ」


「……」


大事おおごとだ。学校で大問題になる。ふっ、これで退学は確定だな。それどころか魔法使いを破門になる。破門されれば今後一切魔法を使うことを禁止されるだろう」


「俺が罪を被る」


「えっ? ログ、お前何を言っている」


「いいんだ。俺は元々魔法使いになんの展望もない。別に退学されたってどうでもいいんだ」


「そんな駄目だ! これはあたしが招いたことだ」



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「……イド……フレイ……フレイド……フレイド」暗い空間でやさしい女の声が聞こえたのをハルトは感じた。


「僕はフレイドじゃない!」とハルトは叫んだ。


「フレイド、怪我をしているのね」


「怪我?」


「私が治してあげる。けど気をつけて私ができることは――」


「どういうことだ? お前はいったい 誰 な ん だ」


 目が覚めるとハルトはテントの中にいた。

 

「夢か……」


 先刻は戦いだったどうやら死にかけたが生きていたようだ。野営地に帰ってくることができたらしい。右腕がなくなってこれからどうしようかとハルトは漠然と考えたが、実はなにも考えてなかった。頭がぼうっとしていたが半身を起こすと不思議なことに食われたはずの右腕があることに気がついた。


「な、なんだこれは!!」


 確かに自分は魔物に右腕を食いちぎられたはずだ。なんで右腕があるのかわからない。あの魔物との戦い、あれは夢だったのだろうか。しかし夢なら服の右の袖だけが切り取られているのが説明がつかない。


「どうなってる。右腕が再生している? トカゲみたいに? いや確かに食いちぎられたはずだ……」


 そこでハルトはテントから出てきた。セレナとログの二人はハルトの方を向いた。ふたりとも目を丸くしてハルトを眺めた。


「おっお前その腕はどうした? なんで戻っている?」とセレナがおろおろしていった。


「その反応というとやっぱり夢じゃなかったんだ」


「あ……ああ、あのあとログがお前の腕を止血して抱えてここまで運んだんだ、なんで腕が……」そうセレナがおずおずと答えた。


「さあ、僕にもわからないんだ。気がついたら治ってた」


「はあ? 化け物か? なんともないの?」そうセレナがたずねた。


「ええ、普通に動きますし」


「なんなんだお前は?」


「人間じゃねえよこいつ」とログがいじった。


「とにかく夜起こったことは三人の秘密にしましょう。バレたらケイトさんがうるさいから」


 セレナとログは顔を見合わせて呆然とした。そしてハルトとログは腹を鳴らした。

「ああ、そうだお前たち腹減ってるだろう?」とセレナが聞いた。


「「まあ」」


「ケイトにバレないように寮から隠し持って来たんだ」


 セレナはカバンからパンやチーズやベーコンや卵を取り出した。


「ずるいぞ持ち込み禁止だろう。こんなに持ち込みやがって」


「ふん、ログ、事前に準備するのも魔法使いの心得なんだよ。わかる? バレなきゃいいの」

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村を追放された僕は魔法学校に入学してS級美少女たちと学園生活を送る。 タガネ安 @Magic-Ways

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