第18話 学校で一番の優等生と襲撃者

「ハルト、魔力エトスを纏わせろ」


「ウウウゥゥゥ!!」ハルトは自分の背丈より大きい大剣を構えようとしたが持ち上がらなかった「駄目だ。やっぱり」


「己の身体から魔力を発露しそして腕力に転化させる。ハルト、そうすれば常人離れした力が使えるようになる」


「そんこと言われたって」


「以前はできたのだろう」


「あのときは無我夢中で……そもそもどうして学校が休みの日にこんなことしなきゃならないんです? 他の生徒は寮で休んだり、街に遊びに行ってるのに」


 今日は休日だというのにハルトとケイトは学校の中庭で魔法の修練をしていた。だから学校は普段とは違って伽藍堂としていた。上等生、中等生、初等生だけでなく先生たちも学校を出ていった。普段騒々しい学校だが今日は寂しいほど静かで古風で立派な建造物に趣さえ感じさせた。



「ハルト、お前はみんなと比べて魔法の腕が劣っている。それを取り戻すまでは休みなんかないんだよ!」


「えぇ……」


「何だ不満なのか?」


「ケイト、初等生には優しく指導してあげないとな」と不意に見知らぬ声が聞こえた。 


 声の方を向くとそこには金髪で碧眼の美しい少年が立っていた。


「リーク君!」そうケイトは驚いていた。


「相変わらずだなケイト」


「リーク君、体調は大丈夫なの?」と打って変わってケイトが優しい口調で言う。


「ああ、だいぶ良くなったよ」


 ハルトはその人物のことなんて誰か知らなかったから冷ややかにその光景を眺めていた。


「紹介しよう。この人はリーク・リクドフィン、私と同じ上等生だ」


「よろしく、新入生」と笑顔でリークが言った。


「リーク君は初等生のときも中等生のときも優等生として学校に表彰された生徒なんだ」


 ハルトにはリーク・リクドフィンはただの少年に思えた。容姿端麗で、物静かな少年だった。しかし腰に魔法具らしい黄金の短剣を携えていた。


「でもリーク君、本当に体調は大丈夫なの?」とまたケイトが気遣う。


「ああ、悪くはない。噂だと君の担当は問題児ばかりなんだって? その問題児たちの指導を君一人に任せて悪いな。本来は上等生全員で取り組むべき問題なのにな。申し訳ない」


「いや、そんなのいいのよ」


 ハルトにはケイトの態度が奇妙に感じられた。いつも自分たち初等生にはつっけんどんな厳しい態度で接しているリークに対しては甲斐甲斐しく、母性あふれる態度だった。ハルトはこれはもしかしてと思った。というか意外とわかりやすい人間だと呆れていた。


「これあのじゃないか」とリークが言うと地面にあった重さ数百キロはある鉄屑を片手で簡単に持ち上げた「これはどうしたの?」


「実は僕の魔法具でして」


「へーこんな重いもの僕には使えないな。それじゃ返すね」


「うわ!」とハルトは鉄屑が持てずに地面に落とした。


 そうやって三人は魔法の訓練をしていた。


「リーク君、実はわたし一人じゃ教えるの大変だから一緒に指導してくれる?」


「ああいいよ」


 ハルトはリークのおかげで魔力エトスというものが少しわかってきた。微かだが集中すれば自分で魔力エトスを出すことができたし重い物も持つことができるようになった。


「……君、不思議な魔力エトスをしているね」そうリークが言った。


「えっ?」


「なにか今まで感じたことがない魔力だ」


 そんなことを話しているとき、空が夕暮れになったころ建物の角から一人の男が現れた。

 その奇妙なうつむきながら男の手は金槌を持っていて、ゆらりゆらりと歩いてきた。三人はその男を怪訝に見つめた。

「見つけ……たゾ……見つけた……ゾゾ」とカタコトで言って男は顔を上げてハルトを見つめた。


「誰だあなた? その格好はなんだ? ここの学生にも先生にも見えませんが」そうケイトが話しかけた。

 その男は中年で、異常に痩せこけた男だった。そして紺色のパジャマを着用している。どうにも魔法学校に似つかわしくないし、の住民としては異質な格好だった。


 男はハルトをうつむきがちに見つめている。

「ハルトの知り合いか?」


「いや、全然」


「ハ……ルト……名前……ハルト……」と相手はろれつが回らない様子で奇妙な印象を与えた。


「なんだ気味が悪いな。酔っ払っているのか?」とケイトが言い放った。


 男は金槌を三人の方へ向けるとぶつぶつと何かを唱えると金槌の先が白く光った。


「伏せろ!」とリークが叫んで二人に覆いかぶさって地面に伏せた。


 金槌の先から白い光線がでて三人の頭上を通っていった。


「攻撃魔法を……」とリークが地面に伏せながら言った。


 三人は立ち上がって態勢を整えると庇うようにリークが前に出た。

「二人とも後ろに下がっていて」とリークが意気揚々と言い放った「もしかして僕が目的なのか?」


「リークくん! 危険だ。逃げないと! 相手は攻撃魔法を使ってきているんだ! 私達を殺そうとしているんだよ!」


「ケイト……大丈夫、こういうのには慣れているから」リークは笑顔で答えた。


「ウウウウゥ」と相手はまた魔法具をこちらに向けてきた【初級レイ――】」

 リークは突然すごい速さで相手の懐に入り込んで顔面をぶん殴った。とてつもない勢いで吹き飛んで体が後ろに転がっていった。


 男はゆっくりと立ち上がると今度は金槌を赤く光らせるとリークに殴りかかった。

リークは華麗にその攻撃を避けると今度は顔面を拳で打ち上げて腹を蹴り飛ばした。また男は吹き飛んでいった。だがゆっくりだがまた男は立ち上がった。


「へえ、体力はあるようだね。ケイト、そこの初等生を連れて職員室に行って先生に報告してくれ」


「リーク君! 一人じゃ危険だ。ハルト! 職員室に行ってきてくれ」


「わ、わかりました!」ハルトは走っていった。


「ケイト、君も避難してもらいなかったが」


「リーク君だけじゃ心配だ」


「逃さ……ッンン……逃さんない……」と相手がつぶやいてハルトを追おうとした


 しかしリークが一瞬にして相手の前に現れるとまたアッパーを食らわせた。


「あれ、てっきり僕だと思ってたけど僕じゃなくてあの初等生が目的なのか?」


(相変わらずリーク君の体術はすごい……まるでレベルが違う)そうケイトは思った。


「邪魔する……お前た……ちは殺ス……」


「殺す……か。なら僕もそれなりの対応をしなきゃならないな」リークは腰にさしてあった殆どナイフと言っていいほど短い黄金の短剣を抜いた。


 ケイトは周囲の空気が震えるのを感じた。そしてその根源がリーク・リクドフィンが魔力を高めていることに起因していることを理解した。しかしその途端リークは心臓を押さえて地面に膝をついた。

「ガハッ……」


「リーク君!」とケイトが駆け寄った。


「ウググッ……」


「やっぱりまだ体調が万全じゃないのよ」とすぐにリークに駆け寄った。


「危険だ……ケイト下がっていろ……」


 苦しみながらリークが前方を見ると先刻の男の姿はなかった。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 一方その頃ハルトは走っていたが職員室がどこにあるのかわからなかった。

 助けを呼ぼうにも学校は閑散としていて普段なら騒々しいのに誰もいない。だがちょうど廊下の先から二人組の男の中等生が正面から歩いてきた。


「ちょっと聞きたいんだけど!」とハルトは二人を呼び止めた。


「あ?」と一人が言った。


「職員室はどこにいけばいいんですか?」


「本館の一階」ともう一人が答えた。


「本館の一階? 本館のどこ?」


「南側」


「南側ね。ありがとう」


「あと本館の二階にもある。授業の合間に先生が使ってるところ、小さいけど。それは北側」


「北側? わかった。ありがとうございます」


「でも今日は先生だれもいないよ休みだから。二番館の方の教員室にいるよ」


「えっ? 二番館ってどこです?」


「二番館は二番館だろ。なあ」


「なあ」


 ハルトが振り向くとあの男が走ってきた。


「ゲェ!」

 ハルトは驚いて逃げた。男もハルトを追いかけていった。

 中等生はその追いかけっこをしている二人を見つめた。

「なんだありゃ?」


「今年の初等生は外れだな」


「ああ」


 追いかけられているハルトは次第に校舎から離れて古びたレンガ造りの倉庫のようなものが立ち並んでいる場所にやってきた。ハルトは走りっぱなしで汗が噴き出て腹部が痛いのに相手は無尽蔵のスタミナで追ってくる。


「もう駄目だ……こんな苦しい思いするなら戦った方がマシだ……」


 ハルトは立ち止まって息を吸って吐いて背後からやってくる相手を待った。


「ようやく……諦めたカ」息を切らさずに相手が言った。


「もう逃げるのはやめだ。僕だって魔法使いなんだ」ハルトは相手を指差した。


(そうだ、スタンダールと戦ったときに確かに僕は魔力エトスを使えていた)


 ハルトは一呼吸して魔力を練り上げた。体に力がみなぎって魔力エトスが体にほとばしる。そして魔力エトスを身体能力に転化させていたのだった。


「死ネ」ハルトに向けた金槌の先が赤く光った。

 ハルトは果敢に相手に向かって走り出した。その時のハルトは確かに常人を超えた速度で向かっていた。そして体勢を低くして相手の光線を避けると拳を握って男の顔面に向かって真っすぐに伸ばした。


 ハルトの拳はまっすぐと相手の左頬にクリーンヒットした。

「やった!」


 しかし相手は微動だにしなかった。

「なに!」


 男はハルトの首をつかむと体を持ち上げて地面に叩きつけた。そして金槌の先をハルトの顔に向けた。


「終わ……りダ」


(こ、殺される!!)

 だがその時、カツカツとゆっくりとした甲高い足音がハルトの頭の先から響いてきた。ハルトが足音の方角に目を向けるとカンハ先生が確かな足取りでまっすぐにこちらに向かってきた。


「フレイド」と立ち止まるとカンハがいった。


「カ……ンハ」と男が答える。


「やはり生きていたか……しばらく見ない間に随分老けたな」


「貴……さマ」


「うれしく思うぞ、貴様をこの手で殺せることを」カンハは持っていた杖を男に向けると赤い光線を放った。


「ガハッ!」

 男の胸に風穴があいて口から血を吹き出してそのまま地面に倒れ込んで絶命した。


「死んだのですか?」そうハルトが狼狽しながらカンハに尋ねた。


「こいつの息の根は止めた。だが」


「だが?」


「フレイドのくせに歯応えがなさすぎる。あいつはこんな簡単にやられたりはしない」


 カンハは倒れている死体を見下ろした。男の胸からは赤黒い血が流れていた。目は見開いて口からも血があふれている。間違いなく死亡している。



「おーいハルト! どこにいる!」遠くからケイトの声が響いてくる。


「ケイトさんだ」


「他の生徒にはこのことを黙っていろ」


「えっ?」


「色々と面倒になるからな。こいつがお前を襲ったのは明確な事実。殺されても文句はない」


「そんなこと言ったって……」


「こいつはどこかへいって出会わなかったと言っておけ」


 そしてカンハはその死体を持ち上げると肩に抱えた。

「この死体は私が預かる。色々と調べたいことがあるからな。ハルトとかいったな」


「ええ」


「今後貴様と話すことがあるかもしれないな」

 そう言ってカンハは去っていった。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 今日も訳の分からない授業が終わって寮に帰ろうと思ったがこの前のことが気になってハルトはカンハ先生のいる嘆きの塔へ向かうことにした。

 またあの気味の悪い実験動物が瓶に詰められた部屋を抜けると奥にカンハがいた。

 カンハは座っていた椅子を反転させてハルトと向かった。

「来たか」

 薄暗くってロウソクのゆらゆらした明かりがカンハの顔を照らしていた。


「そういえばこの前のことどうなりました?」


「うむ、死体をしばらく観察してみたがなんともなかった」


(しばらく観察したって……自分で殺めといて生き返るとでも思っているのか? この人は……)


「死体が腐りそうだったから」とある方角を指差した。


 大きな瓶に死体が丸められて茶色の液体に漬けられている。あの時ハルトの命を狙った中年の男が死んだ目をして茶色い液体に沈められている。ハルトはやはり気持ち悪いと思ったというかこのカンハという先生も不気味で何をしでかすかわからないやつだと思った。


「この人があなたの弟子だったのですか?」


「さあな。奴にしては簡単に殺せた。それにこいつはフレイドの顔じゃない。何か不可解なことが多い」


「なら、もしかしたら魔法でこの男は操られたのではないですか」


「はあ……」カンハがため息を吐いた「魔法で人間を操れることはできない」


「え?」


「魔法で操れるのは下等な生物だけだ、トカゲや蛇ぐらいが限界だろう。人間のような高度な生物を操れることはいくらフレイドでも絶対にできない。この私でもな」


「ならこの男があなたの弟子だったフレイド本人なんですか? あなたが殺したと言っていた」


「さあな」と素っ気なく言った「だがこの男からフレイドの魔力を感じた。だからフレイドだと思ったのだ。それにしても不思議なのはこいつの手足だ。異常に痩せこけている」


「確かにそうですけどそれがなんだっていうんです?」


「こんな痩せていては日常生活を送ることも困難だ」


「はあ」


 カンハは死体から振り返って鋭い目をハルトに向けた。

「貴様何者だ? どうして命を狙われている」


「知りませんって!」


「もしかして……貴様フレイドの息子か?」


「はあ!? 違いますって」


「それか貴様の母親がフレイドとなんらかの関係があるか」


「そんな村で生活している普通の父と母が親ですよ」


「貴様の父親はどういう人物だ。そいつがフレイドじゃないのか?」


「それに魔法使いではないですよ」


「偽名を使っているだけじゃないのか? それで田舎の村に潜伏している可能性だってある」


「あの、もし息子だとして命を狙われる理由がわかりません。それに殺そうとするにしても僕の父親が僕のことを殺そうと思えばもっと前に殺せるはずです」


「……それもそうだな。貴様が知っていることをすべて話してもらおう。貴様はフレイドを知っているか?」


「フレイド……実は……聞き覚えがあったんです、その名前」


「ほう、どこでだ?」


「実は以前にも言ったじゃないですか、夢です」


「夢?」


「夢でフレイドって名前を聞いたのです」


「フレイドの姿形は見たのか? 昨日殺した男を同一人物だったか?」


「いいえ、夢で出てきたのは名前だけで……それ以外は……覚えてないです」


「貴様には予知夢のようなものがあるのか?」


「予知夢?」


「夢で今回の襲撃を予知したのではないのか?」


「……」


「ふんまあいい」カンハは少し沈黙して再び口を開いた「ふん貴様のことは色々と調べさせてもらったぞ」


「調べたって何を」


「貴様、どうやら学校の授業にもついていけないようだな」とカンハが落ち着いて言った。


「はあ」


「なんでも魔法を使えずにこの学校に入学したとかメディオケ魔法使いの家系出身ではないらしいな」


「そうですけど」


「魔法も使えなければ退学になるぞ」


「退学になったって構いませんよ。僕は別に魔法使いなんか興味ないんですよ」


「ほうそれでいいのか?」


「別に魔法使いになんの感慨もありませんから、退学になれば故郷に帰ってのんびり暮らしますよ」


「だがお前は命を狙われている。魔法を身に着けなければ対抗策はない。殺されることになるぞ」


「……」


「今回のように私が近くにいて助けることも難しいときだってある。いつでも誰かが助けてくれるとは限らんのだ。貴様魔法は扱えるのか?」


「少しは……」


「少し?」


「ええ」


「なら私に魔法を見せてみろ」


「魔法を見せようとも魔法具がありません」


「魔法具がない? 持っていないのか?」


「持ってるような持ってないような……」


「……ならいいのがある」そう言ってカンハは雑多な部屋の奥に引き込んでからやってきた。手には黒い手袋を握っていた。「これを魔法具にしろ」


 ハルトはその手袋を受け取った。薄くて黒い革の手袋だった。しかし右手分しかなかった。

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