第17話 魔法具は媒体となる

 カンハ先生に冷たくあしらわれ校内を適当に歩いていると更に補習があったことを思い出した。

「補習か……面倒だなー」そう廊下を歩きながら独り言をつぶやいた。


「あの」そう背後からか細い女性の声が聞こえた。

 振り向くと金色の髪をした女性が立っていた。彼女は背丈ほどある装飾の施された白いロッドを持っていて、髪は美しくカールを描いおり、おっとりとした瞳に、スラッとしていてなおかつメリハリの利いた体形をしていてハルトは美しいと女性だと思って心拍数は高鳴った。


「あなたはそういえば……」

 ハルトはこの女性に見覚えがあった。自分が入学するときに誰もいない街で出会った人だった。


「合格されていたのですね」


「えっええ」


「わたくしもおかげさまで入学試験合格しました。先ほど補習とおっしゃっていましたね、魔法はお得意ではないんですか?」


「いえ、僕は魔法は得意なんです」と自分をよく見せたくてそんなことを言った。


「そうなのですか? それはそれは」


「今回の補習だって魔法具を持っていないから補習になっただけで実は杖やホウキがあったら補習になっていませんよ」


「あらそうなんですか? 実はわたしくしは魔法が苦手で。実はわたくし三回目の受験だったのです。それでやっと合格して、魔法具もないのに入学試験を合格できるなんてすごいことです」


「いや、ははっ。魔法の実習をしようにも杖やホウキがなければ……魔法は発動できないし、杖やホウキを誰も貸してくれないし、困ってて」


「あら補習には杖やホウキが必要なんですの? それなら購買に売ってますわ」


「えっ?」


「補習がんばってください」彼女はどこかへ行こうとした。


「あっそうだ。君、名前は?」


「わたしはマリエルと申します。懇意にしてくださる人からはマリーと呼ばれています」


「僕はハルトといいます」


「ハルトさん……それでは」そう挨拶して去っていった。


 ハルトは衝撃を受けた。こんな美しい女性に出会ったことがない。ウェシルみたいに冷たくなくて話しててムカつかないし、レミリアのように高圧的で高飛車で生意気でない。高貴! そしてすべてを包み込むような母性がマリエルさんには感じられた。


 魔法学校へ入学して初めて良かったと思った。


 早速ハルトは魔法具を買うために購買にやってくると頭巾をかぶった中年の女性がいた。棚には色々な文房具や薬や魔法使いらしい服や帽子や杖なんかがあった。

「うわ、本当に杖とか売ってる……なんだよこんなに簡単に魔法具が手に入るなら言えよ」


 ハルトが杖を見ていると「おや、杖を探しているのかい?」と購買のおばさんが話しかけてきた。


「はい」


「どうして?」


「実は杖なくて」


「もしかして君はメディオケ非魔法使い家系の出身なの?」


「えっ? ああそうですよ」


 購買のおばさんがニヤリと笑った。


「ふーん、ならこれはどうだい」とある杖を持ってきて勧めてきた「黒と赤のツートンカラー、それにさりげない装飾が施されていてスタイリッシュな次世代の杖! これを持っていれば学校で羨望の的、間違いなし!」


「おお、めちゃくちゃかっこいい!」


「なんとこの杖、8万4000イェン」


「高いな―」


「けど君には割引してあげる。8万ちょうどでどう?」


「うーん、でもそういうことじゃないんだよなー?」


「じゃあこれはどう? あの剛腕レーテ・ソーンの杖のレプリカモデル! 男の子なら一度は憧れる魔法使いの杖だよ」


「うーんなんか杖ってありきたりじゃないですか? みんな持ってるし……なんか僕だけのオリジナリティある魔法具がいいなあ」


「ふーんそう、ならついておいで」そして店の奥にハルトを連れて行った「ならこれはどうだ!」

 購買のおばさんはホコリを被った布を上げた。そこには尋常じゃない大きさの剣があった。



 それは 剣と言うには あまりにも大きすぎた


 大きく ぶ厚く 重く そして 大雑把おおざっぱすぎた


 それは 正に 鉄塊てっかいだった



 これはハルトの中2心をくすぐった。


「なんですかこれは?」


「これはとてつもない剣だ。ずっと在庫っ――正しい持ち主が現れるまでここに存在していたものだい」


「これは魔法具なんですか?」


「そうこれは魔法具になるよ」


「僕これにします! でもお金がないなあ、今手持ちが2000イェンしかなくて」


「それは大丈夫【リボ払い】があるから」


「【リボ払い】?」


「そうリボ払いなら月々の支払いが一定なの、だから返済が安心なのよ」


「えっ?」


「いくらこの購買で買い物をしても毎月2000イェン支払えばいいの」


「本当ですか?」


「そうなのよ。いま現金がなくても買えるオトクな支払い方法なの、いくら使っても支払いは一定なの、だからこの契約書にサインして」


 ハルトはサインして大剣を購入した。ハルトは大剣を抱えながらノロノロとした足取りで補習の場所へ向かった。

 中庭へやってくると先生ではなく何故かケイトとログがいた。


「あれ、ケイトさんなんでここに?」


「私はお前たちの指導役だ。この程度の補習は先生ではなく指導役である私が補習を担当する」


「へえ」


「それにしてもはなんだ?」


「ああ、いいでしょう? これが僕の魔法具なんです」


「魔法具だって? ハルト……お前まさか購買にあった『鉄屑』を買ったのか?」


「よく知ってますね。そうです購買に売ってたんです。いいでしょう」


「馬鹿か! それはこの学校で何年も売れ残っているゴミだぞ!」


「えっ?」



 それは 魔法具と言うには あまりにも大きすぎた


 大きく ぶ厚く 重く そして 邪魔じゃますぎた


 それは 学生から 鉄屑てつくずと呼ばれた



「お前それいくらしたんだ?」


「ああ10万イェンです」


「ハルトよくそんなお金持ってたな」


「ああ僕2000イェンしかなかったので【リボ払い】で買ったんですよ。毎月2000イェンの返済だけでいいみたいです」


「なんだと! お前バカか! 確かあの購買の利率は年間14%だぞ!」


「えっどういうことです?」


「どういうことです、じゃない! 貴様、自分が何をしたのかわかっているのか!? いいか!」


「10万イェンの物を買って毎月2000イェンの返済で完済するまで何年かかると思っているんだ!」


「さ、さあ」


「さあ、じゃない!」ケイトはハルトの胸ぐらを掴んだ「この大馬鹿者! 購買のババアに騙されて! お前はリボ払いを甘く見ている。あんなものは悪だ! 人間を堕落させて地獄の返済生活に陥れる罠なんだ!」


「……でももう買っちゃいましたし」


「お前は想像力が無いのか、計画性もなくものを買って借金地獄になりたいのか? そんなことで! 魔法が極められると思っているのか?」


「わ! わかりましたって。けど10万イェンで魔法具が手に入って、魔法が使えるようなら安いもんじゃないですか。ハハッ!」


「ハルト、その剣があれば魔法が発動できると思っているのか?」


「えっ違うのですか?」


「そんなわけないだろ!」


「ええ、だって魔法具だって……」


「ハルトにはまずは魔法具の説明からしなきゃならないね……」と呆れていた。


「なんです、これが魔法具じゃないんですか?」


「あのね、って物があると思っているのか?」


「だって魔法具がないと魔法が発動できないんでしょ? ケイトさんはホウキ、レミリアはレイピアを持ってたじゃないですか? それを媒体にして魔法を発動するって以前言ってましたよね」


「確かに魔法具がなければ魔法は発動できない。魔法具というのは魔法を使うための媒体だ。逆言えばどんな偉大な魔法使いも自分の魔法具を手にしていなければ魔法は発動できないのだ。けど魔法具っていう特別なアイテムがあるわけではない」


「はあ?」


「これがだ」とホウキを見せてきた。「けどハルトの魔法具ではない。私はこの魔法具を媒体にしてでないと魔法を発動ができない。だけどハルトがこのホウキを使っても魔法は発動しない」


「はあ……」


「そもそもこれはただの普通の掃除につかうホウキだ。レミリアのレイピアだってただの剣だ。だけどこれはの魔法具になった」


「どういうことです?」


「これはなんの変哲もないただのホウキだ。だけど自分自身にとっては特別なアイテムになるのだ。簡単にいえば物自体はなんでもいいのだ。いいか、杖でもホウキでも短剣でも、どのような形でも構わない。だけど自分の魔法具でなければ魔法は使えない。だから道具を自分の魔法具にするのだ」


「ならどうやって魔法具にするんです」


「それはその道具でずっと魔法の修練することだ。自分の成長、魔力エトスが目覚めるのと共に道具も魔力エトスを帯びる。だから魔法の特訓で何度も何度も同じ『モノ』を持って行い。次第にそれが魔法具となるのだ。だから魔法具という固有の『モノ』というわけじゃない。己にとって特別な『モノ』が魔法具なのだ」


「なるほど」


「だからハルトも魔法具にすると決めた道具と寝食をともにして一緒に魔法の修行をすればその道具は自然とハルトの魔力エトスを感じるようになり、魔法の媒体となる」


「なるほど、じゃあ僕はこの大剣を魔法具にします」


「……」


「お前バカか? そんな重い物を魔法具にしてどうするんだ?」そうログが言った。


「え?」


「話を聞いてたか? 魔法具っていうのは魔法使いが肌身離さず持っているモノなんだ。そんなクソ重いもの四六時中持ってろっていうのか? そんな重いもの持って生活できるわけないだろう、だるい。それに剣って……魔法具としてもっとも忌避されるものだ」


「なんで?」


「ナイフぐらいなら大丈夫だか、剣なんて持ってたら武装してると思われてデカい街なんかは違法で街に入れなかったり入るときにも身分証明が必要になったりしてめんどくさいぜ」


「ああーなるほど……そういえばログも魔法具を持ってないじゃないか」


「俺は指輪だよ」と右手の人差し指にある金の指輪を見せてきた。


「なんで指輪なんだよ?」


「なんでって別に適当さ」


「じゃあケイトさんはなんでホウキなんです?」


「魔法使いにとってホウキが伝統的な魔法具だからだ。それに自分で選んだわけではない。私は両親からプレゼントされた。私に限らず魔法具は両親にプレゼントされる場合が多い。それが魔法使いの家系の伝統だからな。この地域だと両親からプレゼントされるのが主に杖だな。ホウキも伝統的だけど最近は人気がないんだよなー。ある地方だと十字架とかも多かったりする。そうだ。さっき他人の魔法具では魔法が発動できないと言ったが例外的がある。伝統的な魔法使いの一族は先祖から代々魔法具を受け継いでいくことがある。同じ血族が使った魔法具なら最初から魔法が発動しやすかったりするのだ」


「それはどうしてです?」


「さあ、詳しいことはわからないが自分と先祖の魔力エトスが似ているからという説もある。例えば同じ寮のレミリア・カーバインは剣を持っていただろう。カーバイン家の剣は有名だからな。カーバインの一族は当主と認められたら魔法具を次の世代に継承するようだ。名家っていうのはそうやって魔法が堪能になっていくのだな」


「へえ」


「まあ魔法具についてはまだ色々あるが」


 もう日が暮れて辺りが暗くなってきたので3人は寮へ帰ることにした。

 ハルトは何気なく先刻行った嘆きの塔を見た。

「どうした?」とケイトが尋ねる。


「いや、実はあの塔にいる先生にあったんですけど冷たく突き返されて」


「カンハ先生と面識があるのか?」


「面識ってほどじゃないんですが」


「悲しい人だよカンハ先生は」


「えっ?」


「カンハ先生は優秀な魔法使いだったが自分の弟子が行方不明になったらしい。先生は責任を感じて、それからあの塔に籠もってしまい。研究に没頭するようになってしまったらしい」


 ハルトは走り出した。


「おいハルト! どこにいく!」


「先に戻っていてください!」


 カンハ先生の無気力、不躾な態度、それがすべて自分の身の不幸のためだとしたら説明がつく。そんなハルトはあの塔で一人きりでいるカンハ先生に同情と哀れみを覚えた。信頼していた弟子が行方不明になってしまった。それは悲しいことに感じられた。


 暗くなった嘆きの塔の螺旋階段を登り切ると塔の屋上にカンハが背を向けて立っていた。


「また貴様か」カンハは振り向かずに空を見上げながら言った。


 ハルトはそのようなカンハの質問を無視して言った。

「聞きましたよ。教え子が行方不明になってしまったそうですね」


 カンハは何も答えなかった。はげましたハルトだったがカンハの態度に何か違和感を覚えていた。ケイトが言っていた責任を感じているとは到底思えないような奇妙な静けさをカンハは持っていた。


「見つかると良いですね」


「見つかるわけがないさ」


「そんなのわからないじゃないですか」


「行方不明ではないからだ」


「どういうことです?」


 カンハは振り向いてハルトを見た。

「フレイドは私が殺したからだ」


(フレイド……今このひとフレイド言った? なぜだ、どうしてその名前が聞き覚えがあるんだ)


 カンハはまたハルトに背を向けてまた夜空を眺めた。

「綺麗だろう、あの青く輝く地球は」

 夜空には満天の星々の中に一際大きい地球があった。地球は太陽に照らされた美しい一点の曇りもない青色は恐ろしいほどの存在感を放っている。


「えっ?」


「あの星にも我々と同じように人間が住んでいるだろうか……」

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