第3章 魔法使いは夢を見ない

第16話 魔女先生

「――フレ…………イド……フレイ……フレイド……」と女の声が聞こえた。

 

 誰かが自分の眼前にいる。しかし姿や形は判然としない。ただ声で女だとわかった。


「だ、誰だ?」


「あなたの魔力エトスを感じる」


魔力エトス?」


「フレイド、あなたは私の――」


「何だ?!」


「おい!! おい!!」


「うわっ!」目覚めるとログが見下ろしていていつもの寮のベッドの上だった「なんだログか?」


じゃない、うるさいんだよ。寝ながら喋るな、気持ち悪い」


「また夢か……」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 初等生たちは一つの教室に集まって講義を聴いていた。年老いた女の魔法使いが正面で『魔法歴史学』の講義を行っている。

「アリストンが生まれたのは魔王戦争時代、今からおよそ400年ほど昔、魔法使いの王である魔王が治めていた5つの大国が戦争を行ってました。魔法使い同士は殺し合い、争い、人々は死に絶えていった。そんな戦乱の中で英雄アリストンはある国に生まれた。アリストンは幼少のときから聡明で、聖母カミルよって魔法の術を教わり、立派な魔法使いとして成長していった。しかしアリストンは魔法使い同士が争う世界を悲観していた。どうして魔法使い同士が争わなくてはならないのか、彼は自分自身で悩み苦しみました――」


(ま、全くわからねえ……いったいなんの話してやがるんだ? なんだそれ?)そうハルトは授業中に考えていた。しかし周りの初等生たちは聞き飽きたっていう風に退屈そうに聞いていた。


「ちっ、またアリストンの話を聞くのかよ。もういい加減にしてくれよ」と小声で誰かが話している。


「アリストンの話なんて何百、何千、何万回も聴いてるのにね」

 

 しかしもちろんハルトには何を話しているのか訳がわからない。


「そしてついに世界は魔法使いの争いによって崩壊したのです。魔王は国家をコントロールできなくなり、国は国としての機能を失い、秩序を失った魔法使いたちは民衆たちに略奪と殺戮を無秩序に行いました。アリストンこの魔法世界に疑問を抱き、この世界の矛盾と暴力を思い、憂いていました。その時、彼が森で瞑想しているとその時に偶然、彼は龍と出会いました」


「はははっはは! なんだそりゃ?!」授業中に唐突に高笑いがした。


 生徒たちはその方向を見てみるとログが笑っていたのだった。


「ログさん、なにを笑っているのです?」と先生が聞いた。


「龍なんているわけないだろ? そんな話は嘘っぱちだ。そもそも400年前のことだぞ? 本当にアリストンなんて人間が存在したかもわからないんだ」


「そんなことはありません。魔法使いである我々は全てアリストンの功績のおかげで存在しているのだから」


「ふん。そんな作り話をわざわざ教えるなんておかしいぜ」


「アリストンを侮辱することは許しませんよ! 英雄アリストンがいたから今の我々がいるのです。学生の皆さん、あなた達は想像できないかもしれませんがかつての魔法使いは殺しを生業としていました。アリストンが生まれる以前は魔王と呼ばれる魔法使いの王様が国を治めて、その配下の魔法使い同士が殺し合う、凄惨な時代だったのです。しかしアリストンがその凄惨な時代に終止符を打ち、魔法使いたちに掟を授け、我々に平和と安寧を与えてくれたのです」


「なんだあいつ?」「アリストンを愚弄するなんて本当に魔法使いなのか?」「バカだな」と生徒たちは小言を言った。


「さあ、授業を再開しましょう。そこでアリストンは龍と出会って『魔法使いを救え』と伝えられました。彼は五大国が滅んで荒廃した世界で生き残った魔法使いたちを国籍や国境も関係なくまとめ上げていった。そしてある組織を結成した。それが現在まで続く『魔法協会』です。過去の状況をみたアリストンは魔法使いのあり方を改革しようとした。そして魔法使い九ヶ条を制定して、魔法使いは魔法の探求と世界の秩序を守り、民衆を救うためにあるべきだとした。それから魔法使いギルドを設立して国から独立した機関として一般の人々から依頼を受けて魔法使いが民衆の問題を解決できる体制を作り出しました。この体制はアリストンの時代から現代まで続いています。これがアリストンの功績です。彼がいなかったら今の私たちは存在していません。偉大な魔法使いの名前は数多く伝わっていますがアリストンは英雄の中の英雄であり、魔法使いの歴史のなかで最も偉大な人間です。アリストンは現代魔法使いの父であり、始祖である。現代の魔法使いはアリストンなくしては存在しない。世界最高の魔法使いとしてアリストンは歴史に名を刻んでいます」


 生徒たちはため息を漏らしながら飽き飽きして授業を聞いていたがハルトには何を言っているのかわからなかった。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



「それでは実習を行います。最初の実習ですから簡単な物体浮遊魔法を行います」と生徒指導のリヒテンシュタイン先生が中庭で宣言した「貴方たちにやっていただきたいのはこの小石を浮かせることです。それではまずでは例を見せます。【初級・浮遊魔法レイ・ガリジャンテ】」


 中庭で先生が杖を持って唱えると石が浮き上がった。


「このように魔法使いなら初歩中の初歩の魔法です。ではあなたからお願いします。名前は?」


「えっ僕ですか、ハルトといいます」


「ではハルトさん早速お願いします」


「おい早速あいつだぜ」「と戦ったってやつか」「本当か?」「実力はどうなんだろうな」「馬鹿、こんな簡単な魔法で実力がわかるかよ」そう生徒たちが噂していた。


 ハルトは石に前に勇み立った。


「ハルトさん、魔法具はどうしましたか?」


「魔法具?」


「ええ、魔法具がなければ魔法は発動できません」リヒテンシュタインは持っていた杖を見せた。


「でも魔法具を僕は持ってないんですよね」


「魔法具を持っていない?」


「ええだから先生貸してくれませんか?」


「は? あなたは何を言っているのですか?」


「ですから持ってないから貸してください」


「「「「ハハハッハハハ」」」」と周りにいた生徒たちが笑った。


「先生、ハルトはメディオケ非魔法使いの家系出身なんです」そうレミリアが説明した。


「メディオケだったのですか……ハルトさん、魔法は一朝一夕でできるものではありません。今日の実習は見学していなさい」


「えっ?」


「なんです?」


「え? はあ、わかりました」


 ハルト中庭の端のほうにいった。


「なんだよ、あいつ魔法具も持ってないのか?」「魔法具がない奴がなんで入学できるんだよ」「と戦ったって嘘なのか?」「レミリアが倒したんじゃないの?」「あいつメディオケなの?」「メディオケ!? マジ!?」「なんでメディオケが入学してんだよ」と初等生たちは小声で噂していた。


「そこ、うるさいですよ! 授業に集中しなさい」


 それからハルトは木陰から退屈そうに授業を眺めていた。自分がこんな学校にいるのは不釣り合いというか、門外漢である。きっと彼らは魔法使いの家系に生まれて幼少の頃から魔法使いの訓練をしていて魔法使いとして生きることになんの疑問も持っていないのだろう。 

 ハルトは遠い目で実習風景を眺めていた。


「「「「「ははっはは」」」」」と実習中に唐突に初等生たちの笑い声が響いた。

 渦中の中心にいたのがログだった。


「さあ、ログさん、もう一度、魔法を使用してください」


「【初級・浮遊魔法レイ・ガリジャンテ】」

 しかし何も起きなかった。


 初等生たちはログに陰口をいっていた。

「なんだあいつ全然使えんぜ」「アリストンのこと笑ってたやつだよ。罰当たりな」「よく入学できたな」「メディオケと同じ寮のやつだよ」「ああメディオケと同じ寮の、落ちこぼればっかだ」「ログとか言ったな。聞いたことないな」「私も知らない」「あいつもメディオケなんじゃないのか?」


「ログさん、ひとまず魔法はいいです。今日はみんなの授業を見ていてください」とリヒテンシュタインが言った。


 それでハルトのいた木陰で寝転んだ。ログは平然としていて頭の後ろに手をやって寝ている。


「ログ、お前は魔法使いの家系じゃないのか?」


「ああ」


「どうしてできないんだよ、簡単らしいぞこの魔法」


「さあな」と飄々として答える。


「さあなって……これから人のこと笑うなよな」


「くだらねえ授業だ」


 そこにリヒテンシュタイン先生がやってきた。

「お二人に放課後、補習を命じます」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


「まったくやめろよな。授業中に笑うなんて! 目立つだろう」食堂でレミリアがログに向かっていった。


「だってあんな作り話するんだもん。おかしくて」


「作り話なわけないだろう。アリストン様は我々魔法使いの先祖だぞ? 不勉強な奴だ」


「それにしてもまったく学校なんてめんどくせえな」


「ログ、なんてことを言うんだ! 学生として魔法使いとして学ぶのは当然のことだろ」とレミリアが叱った。


「俺は別に魔法使いなんてどうでもいいんだ。なりたくてなったんじゃない。ただ魔法使いの家に生まれたからこうなっただけだ」


「そんな消極的な態度でいいと思っているのか? 魔法使いとはこの世の秩序を守る存在なんだぞ」


「おいあいつと戦ったっていうやつじゃないか?」と遠くでハルトを見ながら初等生が噂話をしていた。


「ああそうらしいメディオケ非魔法使いの家系なんだって?」


「まじかよ」

 

 ハルトはスタンダールと戦って撃退してから生徒たちに噂になっていた。学校で魔法使いと死闘を繰り広げた。それだけで注目の対象だった。


「そういえばってなに?」そうハルトが呟いた。


「貴様、そんなことも知らないのか?」とレミリアが言った。


「まあ、なんか最近コソコソそんなこと言われて、それでってなんだよレミリア」


というのは使のことだ」


「いや……そのまんまじゃん」


「いいか? 悪魔というのは魔法協会の戒律を守らずに他の魔法使いや一般人メディに危害を加えた者を悪魔という」


「いやだから単に悪い奴ってことだろ?」


「まあそうだが一般人メディたちでいうと犯罪者ってところだ。協会に悪魔と認定されたら魔法協会から追われる立場になる。この前の件だって僕が悪魔に認定されてもおかしくなかったんだ。まあでもハルトは運が良かったな。スタンダールが逃げてくれて」


「だから逃げたんじゃないって僕が倒したんだって!」


「嘘をつくな。僕が気絶した間になにがあったかしらないが、貴様の魔法の腕であの悪魔を戦えるわけがない」


「本当だって本当に俺が倒したんだ!」


「ならどうしてスタンダールの姿がない?」


「それは……」


「やつを倒して気絶させたのならいたはずだ」


「だから俺が倒したけどやつの鎧が奴のことを抱えてったんだよ」


「ありえないな。気絶しているのに鎧を動かせる、そんなことできるわけがない」


「……」


「それはそうとハルト、眠りながら喋るのやめろよ」出し抜けにログが言った。


「えっ?」


「本当にイカれたと思ったぜ。まじで俺最初怖かったんだから」


「仕方がないだろう、夢を見ていたんだから」


「夢?」


「ああ、夢だよ」


「夢ってなに?」


「なんか女の人に話しかられてたような夢だった内容は忘れてしまった」


「はあ? なにどういうこと? 夢を見る?」


「ログだから夢だって」


「いやだからなにそれ?」


「もしかして夢を見ないのか? 二人とも?」


「「ああ」」


「嘘だろ?」


一般人メディは夢を見るらしいな」とレミリアが言った。


「レミリア、お前にはわかるのか? 夢が?」


「ああ、一般人メディは寝ている時に幻覚を見るというのは知っている。見たことこない景色やいないはずの人間と会ったりするらしいな、夢の中で」


「なんだよそれ怖すぎだろ……」


「いや二人とも夢を誤解してるって……」


「おいハルトってやつはいるか?」唐突に中等生の男子が話しかけてきた。


「ハルトは自分ですけど」


「お前に手紙だ」と封筒を差し出してきた。彼は学校の郵便係で到着した郵便物を各生徒に渡しているのだった。


「まったく新入生の顔と名前が全然わからなくてな。郵便係なんて面倒な役を押し付けられて」

 ハルトは手紙を開けた。差し出したのはハルトを魔法使いの世界に誘ったルイス・クロスという魔法使いだった。


 ――ハルトくん、まずは入学おめでとう。君には不思議な魔法が使えるのに夢をみる。それは不思議な兆候だ。君の身体には何らかの秘密があるのかもしれない。そこでその学校にカンハという先生がいる。魔法使いのことを研究していらっしゃる。その先生に会ってほしい。君の力になってくれるはずだ。

 先生は学校に建っている『塔』にいらっしゃる。その塔は学生たちから『嘆きの塔』と呼ばれているが由来も意味もわからずにそう呼ばれている。そこに行ってみてほしい。


「あの『嘆きの塔』ってどこか知ってますか?」そう郵便係に質問した。


「『嘆きの塔?』ああ初等生の森の近くにあるだろう、お前たちの寮から見えると思うが」


「ああ、あそこか」


「でもお前あんな塔になんの用だ? あんまり近づかないほうがいいぞ」


「なんでですか?」


「あそこには恐ろしい魔女先生が住んでいるんだ」


「魔女?」


「ああ、名前は知らないけど魔女があの古い塔にこもって研究しているらしい。俺は話したことないからどんな人かわからないが」

 

 そんな手紙を受け取ったのでわけのわからない授業が終わって早速その塔に行ってみることにした。塔の位置は木々が生えている森の中でも一目でわかった。

 そこに向かうと木々が少しひらけたところにレンガ造りで黒く古びている塔があった。ハルトはその塔の中に入っていって暗い螺旋階段を登っていった。そこには扉があった、恐る恐るその部屋の中に入っていった。なにやら雑然とした部屋だった、暗く、通路の両脇には棚があって瓶にはなにやら茶色い液体に小動物が浸かっていた。それから幼虫が敷き詰められている瓶や人間らしい内蔵なんかも瓶に入れられている。

 ハルトは気味悪く思いながらその通路を歩いていった。人の気配はない。物音もない。

   

「お前、ここで何をしている」


 振り向くと女性が立っていた。冷たそうな目をした長身の美しく長い黒い髪をした女性だった。


「いえ……実はカンハという先生を探しているのですけど迷ってしまって」とオドオドしながら答えた。


「カンハは私だが」


「あなたがカンハ先生ですか?」


「貴様学生だろ。私になんの用だ?」


「いえ、実はカンハ先生、ルイス・クロスという人にあなたに会うように言われたのです」


「ルイスが私に会えと」とカンハは興味なさげにたずねた「それで?」


「カンハ先生困っているんです。実は僕には不思議ながあるんです?」


「不思議な体質だと? 言ってみろ」


「僕は夢を見るんです。奇妙な夢です。聞いたところによると魔法使いは夢を見ないそうじゃないですか。それなのに僕は夢を見るのです。今朝もです」


 カンハは興味なさそうに椅子に座った。


「一般的に魔法使いは夢を見ない。それはなぜか、夢というのは不安定な精神から起こる現象だからだ。そして魔法は精神から起こる。だから精神を統べる者である魔法使いは夢を見ない。それは自分の精神を秩序してコントロールしているからだ。逆に精神のコントロールができない一般人メディは夢を見るのだ」


「つまり僕は精神のコントロールができないから夢を見るのだと?」


「まあそうだろうな。魔法使いだって生まれついて魔力エトスに覚醒していないものは夢を見たこともある。それに過去の記録では魔法使いだって夢を見ることもある。今よりもはるか前、五大国時代魔法使いは戦争に赴くときによく夢を見たそうだ。それは自分にはどうしようもない死の恐怖や不安が精神を動揺させたからだといえる」


「はあ」


「だがつまるところ夢を見ようが見まいが現実的には問題ない。なにも実害がないのだから」


「先生……」


「私は医者ではない。お門違いだな。さっさと帰るのだな私は忙しい」カンハは立ち上がると塔の奥へ去っていった。

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