第15話 魔力の覚醒

「ハァ……グゥハルト……」レミリアは首を締め付けられて悶えながら発した。


「おいレミリア、スタンダールさん、いったい何が? その甲冑あのときの……」


「ハルト君……」とスタンダールはつぶやいた。


 甲冑はレミリアの首を締めていた手を離してレミリアは地面に倒れた。


「ゲホッゲホッ、ハルト、黒幕はこのスタンダールだ。その鎧には誰も入っていない。本体であるスタンダールを倒グッ――」


 スタンダールはレミリアの顎を蹴り上げて手に持っていたナイフはどこかへ飛んでいって失神した。


「余計なことを喋りやがって、顔に傷をつけちまったあじゃないか」


「スタンダールさん……どういうことです?」ハルトは困惑しながら不注意にも近づいていった。


「ハルトくん、どうしてこんな所に来た?」


「えっ?」


「私は君だけは殺すつもりなんかなかったのに」


「スタンダールさん、いったい何を言っているのですか?」


「君を殺しても! 一銭にもならないじゃあないか!」そう叫んでハルトを殴打した。


 ハルトは地面に倒れてスタンダールを見上げた。


「スタンダールさん……なにを?!」


「馬鹿が、まだ状況を理解してないのか?」


「なに?」


「ふん、ハルトくん無駄に嗅ぎ回らなければ死ぬことはなかったのに。君にはなんの恨みも用もない」


 ハルトは立ち上がった。そして事態の重大さに気がついて鋭い目で見た。


「なんだその顔は? まさかやろうっていうんじゃないだろうな? 必死こいて命乞いするかと思ったが……」



 甲冑が人間の跳躍力をはるか超えて飛び上がってハルトに向けて拳を振り下ろしたがハルトは間一髪で避けていた。拳は地面に突き刺さって床が割れていた。


「ほう、よく避けたな。褒めてやろう」


「クッ!」


 それからも甲冑はハルトに対して襲いかかったがなんとかハルトは避けていた。


「見くびっていたよ。なかなか動きはいいようだな。だがそれも《《人間としては》だがな。魔法使いの動きではない」


 するとものすごいスピードで甲冑は一直線にハルトは向かって走ってきて顔面と腹部に打撃を加えた。たまらずハルトは身体を殴り飛ばされた。


「グハッ!!」


「おやおやちょっと魔力エトスを増やしたらこんなものか。やはりお前のしていることは一般人の動きだ。魔力エトスを身体能力に転換できないお前を殺すなんぞ容易いことだ」



 絶体絶命の状況で無い知恵でハルトは思案していた。

(レミリアの言っている通り本体だ。本体を倒さなければ。だけどどうすれば……ナイフ?!)


 そしてそこにはレミリアが落としたナイフが床に落ちていた。ハルトは痛そうに腹部を押さえるふりをしてそのナイフを拾った。そして地面に膝をついて額を地面に擦り付けた状態になった。


(本体を殺る! だけどこの距離では無理だ。相手を誘い出すしかない。どうにかして油断させなければ)


「スタンダールさん、やめてください。僕たちが争ってなにになります。今ならやり直せます。レミリアを殺したことは誰にもいいませんから!? どうか僕の命だけは助けてください」


「は?……はっははっ! 所詮貴様のようなやつはそうだ、魔法使いとしての覚悟もない! 魔法使いの本懐などわからないゴミなんだ。いいか? 魔法使いというものは仲間のためなら命をかけて戦うのだ。それを恥ずかしげもなく命乞いをするとはね。自分が助かりたいばっかりに。これは傑作だ」


「お願いします! 僕はこんなところで死にたくありません!」


「まったくお前のようなやつが魔法使いだなんてな、世も末だな。お前のような魔法使いとして戦う覚悟も能力もないやつが魔法使いになるために入学しているなんて」


「いったいどうしてこんなことをするのです。魔法使い同士は仲間なのでしょう? それに僕はあなたと同じメディオケ非魔法使い家系なんです。仲間じゃないですか!?」


「ふん、メディオケか……俺は魔法使いの最初から品格など持ち合わせてはいない。俺はもともと孤児だった」


 スタンダールはハルトに近づいて失神しているレミリアを見た。


「だが俺は生来から他人の不思議な力を感じることができた。そう魔力エトスを感じることができたのだ。そして俺はある資産家に引き取られた」


「!?」


「だがそいつは俺を奴隷のように扱った。己の利益のために引き取った多数の孤児たちに重労働を課した。そしてある時……俺はやつを殺したよ。初めて俺は人間を超越して魔力エトスで人間を殺めた。簡単なものだったよ。あの野郎俺が手で振り払ったら頭が吹っ飛んでいきやがった。それから俺は身分を偽りこの学校に入学した。学校ではメディオケと馬鹿にされて肩身の狭い思いをした。だが偶然、展示されてあったこの鎧を見つめた。その時、鎧の手が自然と動いたのだ。最初はなにかの間違いかと思ったがこの鎧は俺の魔力エトスに反応しているのだ。そして俺は気がついたのだ。俺はこの鎧の持ち主だったクラウゼル・オッペンハイマー・シュトラウスの子孫なのだと」


「なっ!」


「ふん、所詮メディオケかメディオケじゃないかなんて家系が現代に断絶していたらメディオケにされる曖昧なものだ。俺は本来だったら孤児になることもなく、名家出身として魔法界で尊重されていたかもしれんのだ」



(クソみたいな自分語りしやがってこの馬鹿が。勝ちが確定して勝利のインタビュー気分か? 確かにこのことは誰にも言えないからな。いい気になりやがって、俺から反撃されるなんて微塵も思ってねえ。次よそ見したときだ。その時がこいつの最後だ)



「先程、レミリアくんに金のためだと言っていたが本当は違うのかもしれない。このクラウゼルの鎧が血を欲しがっているんだ。魔王戦争時代の英雄、クラウゼルが魔法使いを殺したがっているのかもしれない」


 相手はハルトに対してそのように話をした。魔力エトスも魔法もロクに使えないハルトに反撃されるなどとは微塵も思っていない。相手は油断している。そこに突破口はあるとハルトは考えた。


「さてハルト君、お前の死骸はここの窓から落として自殺ということにしてやる。メディオケの君は勉強を苦に自殺というシナリオさ。そしてレミリアだがね、本当は首吊り自殺にしようかと思ったがどうしたものか」またスタンダールはレミリアを見た。


(いまだ!!!!)

 ハルトは素早く立ち上がって手に持っていたナイフをスタンダールの顔めがけて突き刺した。しかし刃は頬をかすめただけだった。スタンダールは後ろに数歩下がりながら頬に手を当てて血が流れているのを確認した。


「テッ……テメェ……」


「クソ! 外れたか!」


「危なかった……油断した。こんなやつに殺されるところだった……」そうスタンダールは憔悴しながら呟いた

 

 頬から血を流しながらスタンダールは真剣な顔をしてハルトから距離を取った。そうして再び甲冑を操ってハルトと自分の中間に立たせた。

「クソ、失敗だ!」


「さっきは惜しかったな。だが外れたのではない。貴様が外したのだ」


「どういうことだ?」


「お前は人を殺すことをためらったのだ。戦っているときにためらっては駄目だ。基本中の基本だ。だがもう覚える必要はないがな。ここで死ぬからな」


 ハルトは絶対絶命となった。スタンダールはもう油断しなかった。もうハルトには近づかずに自分とハルトの間に甲冑を配置して接近を許さなかった。確実にハルトを殺すつもりだった。ハルトが動けば自分が動き、一定の距離をとって甲冑に攻撃をさせた。


 スタンダールは安全な方法でハルトを殺そうとしたのである。ハルトは直接スタンダールに攻撃することは困難だった。直接攻撃しようとすれば目の前には甲冑がいる。甲冑に攻撃しても無意味である。

 甲冑はハルトに殴打を加えていった。ハルトの片目は腫れて、口からは血が流れ、肋骨は折れていった。


「ぐはっ!」ハルトは痛みから床に膝をつけた。


「ふふふっ、もう終わりだよ。トドメだ、死ね!」


 甲冑はまっすぐにハルトへ向かってきた。


「うおおおおおおお!」ハルトは立ち上がった。ハルトは自分の身体に魔力エトスを沸き立たせた。


「なっ!? なんだこの魔力エトスは!」


「未知なる力が自分の体内に、それを呼び起こして自分の全身にみなぎらせる!」そうハルトは復唱した。


「クラウゼルよ。そいつを殺せ!」


「喰らえ!!」


 ハルトは魔力エトスを込めて向かってくる甲冑の胴体を殴った。


 「なにッ!」


 甲冑は後方へ吹っ飛んでいき直線上にいたスタンダールに激突した。


「クソが……」とそう恨み節を言ってスタンダールは気を失った。


 ハルトは急激な魔力エトスの消費によって全身に疲労感と喪失感を感じて地面に倒れ込んだ。


「はぁはぁ……やったぞ。魔力エトスを使えたぞ」ハルトは安心してうつ伏せになって頭を横にしていた。しかしガチャリガチャリと頭上の方から金属音が聞こえた。恐る恐る見てみると甲冑が立ち上がっていた。


「うわっ!!!!」とハルトは驚愕した。


 しかし甲冑はハルトには目もくれずに気絶したスタンダールを抱えあげるとガチャリガチャリと出口から去っていった。

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