第14話 学校の鎧
レミリアとハルトはそのクラウゼルの鎧を見に来た。クラウゼルの甲冑は事故調査委員が調べてすでに元あった学校の場所に展示されてあった。展示されているといっても大層なものではない。通路に無造作に置かれているだけだった。その通路には他にもなにやら展示品があるがホコリにまみれていてその貴重さは誰もわからないものばかりだった。あまり人も通らないような道の端っこでひっそりと椅子に座らされてそのプレートアーマーは存在していた。
「うーん、別になんともないよな……」と顎に手をやってレミリアが言った。
「まあそりゃそうだろう。ただの甲冑だぞ」
突然、カチャと金属音が響いた。
「うん!? いまなにかこの甲冑の指が動かなかったか?」とレミリアが言った。
「さあ、見てなかったから……」
「……気のせいか?」
「何をしているのですか?」
唐突に声が聞こえた。後ろを見るとスタンダーがいた。
「ああ、スタンダールさん。これはこれはごきげんよう……」そうレミリアが堅苦しい口調で言う。
「はー、あんたが何を考えているのかわかりますよレミリアさん、自分の無実を証明するつもりでしょう。でもそれは魔法協会に任せておかばいいのです。それとハルトさん、このようなことに付き合わないように、あなたがそのように動いては魔法協会だってあなたのことも疑います。レミリアさんと共謀していると思われる。そうなればあなただって罪に問われることになる可能性もある。それでは」そう言うと帰っていった。
「ハルト」
「うん?」
「また夜に訪れよう、貴様が最初に目撃したときも私が殴り飛ばしたときも夜だった。夜になにか起こるのかもしれない」
「ええースタンダールさんもやめとけって」
「ハルト!」
「……わかったよ、じゃあ夜、部屋で起きてるから呼んでくれ」
「ふざけるな、それだと僕が君に気があるみたいだろ」
「はあ?」
「ログもいるのに僕がお前を呼んで外出したら疑われる」
「いやログだって寝ているって」
「嫌だね。それに外で他の生徒に見られる可能性だってある。夜の11時にここで集合だ」
「へいへいわかったよ」
夜が深くなってレミリアは寮を抜け出して学校へ向かった。暗い学校はしんとしていて誰もいなかった。自分の足音さえ大きく響き渡る。夜の学校は真っ暗でところどころ窓から入る月光しか入らない。
そして例の甲冑のところへやってきた。しかし甲冑に異常は何もない。
(異常はないな……僕の勘は間違いだったのか?)
突然、足音が響いてきた。レミリアは反射的に物陰に隠れた。すると廊下の先からスタンダールが歩いてきた。
(スタンダールさん!? こんなところでなにもしている?)
スタンダールは甲冑の前にしばらく立つとそのまま歩き去っていった。
「ふー」と安堵の声を漏らした。
「何をしているのですか?」そう背後からスタンダールが声をかけた。
「うわっ!」
「やっぱり、こんなことをしていると思いましたよ」
「いや、ははっ」
「あなたのこと、お兄さんから頼まれているのですよ」
「兄から?」
「そう余計なことをしないように見張ってくれって」
「……」
「いったい何もしているのです? ハルトくんはいないようですが一人ですか?」
「えっ、ええ一人です」
「……そうですか。レミリアさんいい加減に自分の寮に戻ってください。事故調査委員が知ったら証拠を隠滅しようと疑われても仕方ないでしょう」
唐突にガチャリガチャリと音が聞こえた。二人が音の方向を見ると甲冑が立ち上がり、たどたどしい足取りで歩いていた。
「なっ!?」とレミリアは驚いた「スタンダールさん、誰かがあの中に入るところをみましたか?」
「いや……そんな時間的余裕はないはずだ」
「おい誰だ貴様は、どこにいくつもりだ!?」と背中に向かって叫んだ。
甲冑は螺旋階段の前にやってきたと思ったら突然、駆け上がりだした。
「いったいどこに行くつもりだ」とレミリアは言い放って追いかけた。
「あっ、レミリアさん」
階段の頂上には広場があって銀色の甲冑が立ち止まっていた。広場は夜光石という夜になると光る石が天井に埋められているため夜でも非常に明るかった。
「ウォォォォ!」と突然に甲冑が唸り声をあげると振り向いて二人の方を見た。
そして唐突に殴りかかってきた。二人はそれを下がって躱した。
「レミリアさん、下がって危険だ!」そうスタンダールがレミリアの前に出た「君のことはお兄さんから頼まれている。君は先生にこのことを伝えてくれ」
「わ、わかりました」
しかし甲冑がものすごい勢いで接近するとスタンダールの腹部と顔面を殴って吹き飛ばし身体は地面に滑っていってノックアウトした。
「スタンダールさん!?」
それで今度は銀色の甲冑がレミリアに殴りかかってきた。
(速いッ! この前僕が殴り倒したときとは雲泥の差だ。だが!)
甲冑の動きは人間を超えていた。一般人よりはるかに速く力強く動いている。だがレミリアも
レミリアは甲冑を蹴飛ばして地面に仰向けにさせた。しかし非人間的に立ち上がった。
「やっぱり手応がない。中身は空だ。貴様、どういうつもりだ。いや人ではないのか……誰かが魔法で鎧を操っているのか!?」
レミリアは甲冑の攻撃を躱しながら考えた。
(おかしい、中に人が入っていないのにこれほど素早く動くなんて。これはやはり魔法だ。魔法の力で動かしているのだ。だがこのような複雑で精密な動きは術者が近くにいなければ絶対に不可能だ。まさか!)
レミリアは戦慄した。後ろを振り向くと背後にスタンダールが立っていた。
「気がついたか……」
「スタンダール!」
スタンダールはレミリアを殴った。すかさず鎧がレミリアに強烈な右ストレートを放ったがレミリアはガードした。
「スタンダール……貴様が黒幕というわけか」
「ふふっ、その通り」
「エイハブを殺したのも貴様か」
「まあな」
「エイハブを殺してそのクラウゼルの鎧に入れて魔法で動かしていたのだな。生きていると見せかけて。それで僕に殴らせて僕が殺したと工作したのだな」
「まったくお前のおかげだ。お前のような出しゃばりが
「だがあの場に貴様はいなかった。そんなことできるわけがないのだ。いまだって操っている形跡はない。魔法は魔法具がなければ発動できない。貴様の魔法具は学校に預けているはずだ。それなのにどうして魔法で鎧を操れる? 魔法具は学校に没収されたはずだ……いや、まさかその鎧自体が魔法具なのか?」
「御名答、察しが良いな。そうこの鎧すべてが俺の魔法具なのだ。俺は自分の魔法具を自由自在に操ることができる」
「そんな馬鹿な、これはクラウゼルって大昔の魔法使いの物じゃないのか? どういうことだ? それは学校に展示されていたものだ。貴様の魔法具な訳がない」
「ふふふっどうせお前は死ぬのだ。知ったところでなにもならん」
「悪魔め! なんのためにエイハブを? 私怨か?」
「私怨だと?」
「情報では不仲だったそうだが……だが僕となにもないはずだ」
「俺がそんなくだらない理由で殺しをすると思っているのか? 金のためだ」
「金のため?」
「アンダーグラウンドの世界では魔法使いの命は取引されている。お前たち魔法使いを殺せば金を支払うやつがいるのだ」
「な、なんだと? 金のためだって! そんなつまらないことのために!」
「俺は最初から魔法使いとしての哲学だとか信念だとかに興味はない。俺は旨いものを食って、いい服をきて、面白おかしく暮らしたいだけだ。ふふふっレミリア・カーバイン、カーバイン家は魔法使いの名家だ。そういう名家の子供は高い賞金がかけられている」
「なっ!?」
「将来的に魔法協会の重鎮になる可能性があるからな。貴様には悪いが死んでもらうぞ。いけ! クラウゼル!」
そうしてまた鎧がレミリアに向かって殴りかかってきた。
「速いッ!」
「当たり前だ。この前は
甲冑の拳をレミリアは両手で防御した。
「くッ! なんて威力なんだ」
「さっさと鎧に殺されろ」
「舐めるな!」
レミリアは甲冑に向かって蹴りを入れた。
カ――――ンと甲高い音が響いたが甲冑は微動だにしない。
「なっ!」
「無駄だ」
(本体だ、やつを殺るには本体を倒すしかない。だいたいどうして奴は僕を攻撃するのを鎧に任せている? 鎧とスタンダール本人、二人がかりでやった方が手っ取り早いはずだ。だがそれをしないのは奴が
そう考えたレミリアは甲冑の攻撃を躱しながらスキを窺っていた。スタンダールは腕を組みながら鎧とレミリアの様子を傍観している。
(今だ!)
突然、レミリアはスタンダールに向かって走りだした。そして
「ふん、読んでいたよ。鎧に攻撃が通じなければ本体である俺を攻撃することは」スタンダールはレミリアの腕を引っ張ると腹を蹴った。
レミリアは後ろに吹っ飛び腹を押さえていた。
「クソ! 魔法具さえあれば、魔法さえ使えれば貴様なんかに!」
「魔法が使えれば俺に勝てると思っているのか? ふふふっ馬鹿な妹がいるってお前の兄貴は嘆いていたものさ、カーバイン家の面汚しだって。言っておくがお前の兄貴ならこんなことにはならなかった。俺などたやすく倒せただろう」
「き、貴様ぁー!」
レミリアは護身用のナイフを取り出して一心不乱にスタンダールに向かっていった。だが甲冑はレミリアの首を掴んで宙に浮かせた。
「捕まえた。実はずっと手加減していたんだよ。あまりお前を傷つけると死体になったとき不自然になるからな」
「あ、ああっウウッ…!」レミリアは甲冑の手を掴んで苦しんだ。
「貴様は首吊り自殺として処理してやる、エイハブを事故死させたことを悔やんでな」
しかしその時この部屋に入ってきた人物がいた。
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