4.佐々木先輩と古川先輩(3)

 トイレに駆け込んだわたしの目に入ったのは、顔に赤い手の痕がついた西森先輩。恐らくアイアンクローでも食らったのでしょう、半泣き状態で横たわっていました。そしてそばに立っているのは、もちろんこの人。


「どうかなさいました?」

「いえ、何も……」


 古川先輩です。色白の肌でたれ目の大人しい印象を抱かせる上級生。茶髪なのですが染めているということはなさそうです。うちの学校はそのあたり先生の指導が厳しいので、多分地毛証明書を提出してあるのでしょう。


「この方はどなたなのでしょう? わたくしのスカートの中を覗こうとしたのですが」

「知らない人です」

「酷いよぉ藤村さん」


 しくしくと泣き続ける西森先輩。自業自得でしょうに。


「まさか本当にスカートめくりを敢行するなんて思わないじゃないですか」

「だってえ…それしかないじゃん…」

「???」


 困惑しっぱなしの古川先輩。そろそろ事の次第を説明いたしましょう。


 説明部分は省略。


「なるほど、そういうことでしたか」


 うんうんとうなずく古川先輩。思い当たる節でもあるのでしょうか?


「それは多分、わたくしの生まれが原因かもしれませんね」

「生まれ?」

「わたくし、両親が共に男性でして」

「えっ、つまりそれって結局男なんじぎゃあああああ」


 西森先輩、もうちょっと考えてから発現しましょう。でないと頭蓋骨がひょうたんみたいな形になって戻らなくなりますよ。


「両方男性?」

「はい。佐々木さんが女性同士の子供であるのと同じく、わたくしも男性同士から産まれたのです」

「男性同士から産まれた女性……」


 えーと、確か人間の性別を決める遺伝子はXとYの組み合わせでしたよね。

 XYが男性でXXが女性。

 それぞれから1つずつ遺伝子をもらって子供の性別が決定されるので、異性との間に産まれる子供はXYとXXが半分ずつの確率で生まれる、と。


「女性同士だとXXとXXで100%女性しか生まれないけど……」

「男性同士の場合XYとXYなので、低確率で女性になるのです」

「なるほど……」


 女性でありながら男性の臭いがする、というのはこういうことだったのかもしれません。完全に男性由来の遺伝子から産まれたので男性の臭いがする、と。わたしにそれを感じ取る嗅覚がないので何とも言えませんが、多分そういうことです。


「疑いをかけてどうもすみません」

「いえいえ、わたくしも佐々木さんとちゃんとお話していなかったので」


 終始置いてけぼり気味ではありましたが、これで一安心ですかね。謙虚な方で助かりました。




「佐々木さんと古川さん、別れたってさ」

「へ?」


 それからだいたい二週間くらいたったある日、西森先輩は驚きの事実を口にしました。


「そんな、だって佐々木先輩にちゃんと話をするって古川先輩が」

「うん。誤解は解けたんだけどその後に色々あったみたいで」


 軽くため息をつく西森先輩。


「お互いの両親が町中でばったり会ったんだって、本人たちも一緒」

「はい」

「佐々木さんの両親は男嫌いの女性カップル、古川さんの両親は女嫌いの男性カップル」

「……はい」

「自分の娘と仲良くしてる友達の両親が、自分の嫌いなタイプの人だったわけだよね」

「ああ……」

「そこからお互いの親同士でギスギスし始めちゃったみたいでさ」

「うわあ」


 娘がその場にいるのに。


「で、まあ本人たちもその後関係がギクシャクしだしちゃったみたいで」

「やな話ですね……」

「本当にねえ」


 こういうときはお互い歩み寄るのがベストだと思うんですが、そう簡単な話ではないんでしょうかね。

 西森先輩は再びため息をつきました。


「で、今度は二人から別々に『よりを戻したい』って相談されてさ」

「………」


 断りづらいなあ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

西森先輩のお悩み相談室 オカモトアキ @genryou

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ