深夜のコールセンター

烏神まこと(かみ まこと)

深夜のコールセンター

 この瞬間は、いつも嫌な気持ちになる。いちど息を吸って吐いて、覚悟を決めたら勢いよく口に出す。


「ヨシダ様は本日のシステム上の情報によりますと、地獄行きのチケットが用意されております」


 死にたいのに死にきれない人たちが寝てるとき、ここの電話に意識がつながるらしい。

 さっきまで寝言のように力無く喋ってた人が地獄予定と知った瞬間、目が覚めたのかと思うくらいの勢いで罵ってくる。

 ヨシダ様は履歴によると、人の奥さんに手を出して、一つの家庭を崩壊させたことが地獄ポイントを多く獲得する原因になっている。


「ヨシダ様、落ち着いてください。今すぐに死ぬのではなく、罪を償えば、ご案内も変わってきますので。ぜひ善いことを重ねてから再度こちらまでお電話をお願いいたします。――お問い合わせいただき、ありがとうございました。本日は健が担当させていただきました」


「はぁ」


 あの卒業式から、どれくらい経ったんだろうか。

 浮ついた気持ちのまま歩いた帰り道、誰かに刺されて、気づいたら、この世界のオペレーターになっていた。

 深夜になるとコールセンターに強制的に飛ばされ、朝になると寮に戻される。


「高卒で囚人になったみたいだよな」

「健」

 

 後処理を打ち込みながら呟いたつもりが大きかったらしい。すっかり頼りになるモテ男からSVスーパーバイザーになった聡が俺を静かな声でたしなめる。

 気づくと受電中の優まで俺を見ていた。いつもの無表情がこういう時は何を考えているのかわかんなくて胸に刺さる。

 二人に軽く頭を下げてから、上の人に提出するためのデータを書き終える。


(二人には悪いけど、一人じゃなくてよかったな。まさか同じ日に友達が死んでるとは思わなかったけど)


「……ねえ」

「なに?」

 

 次の電話を待っていると、応対の終わった優が珍しく俺を呼んだ。嬉しくて、つい声のトーンがあがる。


「これ……」


 優が控えめに指すモニターには客の情報を調べるツールが映っている。本当だったら個人情報から導き出された善行・悪行の履歴が画面に並ぶのだが。


「なんも書いてない?」


 履歴は真っ白だった。戸惑いながら入力欄に目をやると、そこには優の個人情報氏名と電話番号が並んでいる。


「これって、どういうことだと思う……?」


 微かに震える声と大きく見開かれた瞳から、優の強い不安が伝わってきて苦しくなる。

 最初に管理者から、俺たちはグレーな存在だと聞いた。ここでの業績次第で天国と地獄のどちらにいくか、肉体に魂を戻すかが、決まるとも言っていた。ここで俺らの情報を確認できないってことは?


「なにしてるの」


 無い頭を働かせているとき、静寂が走っていたオフィスに鋭い言葉のつるぎが落とされた。聞いたことのない低い聡の声に優の肩が跳ねる。


「そ、そうだ! 見てくれよ。俺らの名前って入力しても――」

「業務に関係ないことするなよ!」


 その叱咤が聡から発せられているとは思えなかった。視覚に映る、震える聡の握り拳と力強い眼差しが俺の認識が間違いでないと教えてくれる。


(賑やかな家で育ったから大声には慣れてると思ってたけど、穏やかな人がキレるとさすがにビビるな)


 優を見ると、不自然な細い呼吸音を二度鳴らしたあとに大粒の涙を流していた。


「聡、どうした?」


 らしくない、という言葉が出掛かった。誰かを傷つけるようなことは決して口にしない、優しくて話しやすいヤツ。それが聡だ。

 聡も、俺と優の反応を見て固まったかと思うと、自分の発言を悔やむように俯き、口をつぐんだ。

 優の嗚咽混じりの泣き声が痛々しく響いたあと、顔に深い影を落としながら聡は謝罪の言葉を発した。俺はそんな重たい空気が悲しかった。


「まあ、もう二度と調べないから大丈夫だって。俺らグレーな存在だから、データには入ってないんだろ」


 優の背中を擦りながら、明るく笑ってみせても聡の表情は晴れない。


「健、あとで話したいことがあるんだけど、いいかな」




 業務終了後、寮に飛ばされないのも、この世界で聡と二人きりになるのも初めてだ。

 硬い表情のままの聡と向き合って椅子に座る。


「健の業務は今日までなんだ」

「マジ?」


 突然の通告に頭がハテナでいっぱいになった。


「なんで?」

「上からの指示で」

「俺の肉体からだ、死んじゃったの?」

「いや、そうじゃないんだけど」


 こちらの様子を伺いながら聡が必死に言葉を選んでいるのが伝わってくる。

その様子から、それが嫌な話だって分かった。


「あ! そういうことか!」


 俺は大げさに大きな声を出す。


「俺、ここから出られるってことだろ!」


 意表をつかれて勢いよく顔をあげた聡が貴重な間抜け顔をしている。

もう、それで、この世界は十分だと思った。


「徳を積んだから二人より早く卒業だ!」


 ふっと視界が暗くなる、魂がその場から遠ざかる。寮に戻るときみたいに。


「健!」


 意識の中に闇が広がる、その最中。


「最期まで、嘘ばっかで、ごめん」


 友人の謝罪こころを聞いた。

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