危険地帯

春雨倉庫

第1話

カワウソが少林寺拳法の使い手というのは、江戸の船乗りの間では有名な話である。

万物に霊魂宿る日本のなかで、彼らがあやかし的パワーを獲得するのは、剣道部が風紀委員長になるよりもごく自然な流れであった。

化かし脅しに日々精を出し、妖怪変化と鎬を削っていたのだが、カワウソ達はそこまで変化が得意というわけでもなく、同じ獣の化生でも、実力、知名度ともに揺るがぬ地位を築いた狸・狐の二大巨頭とは歴然の差があった。

次第に化かし合いでは勝てぬと悟り、途方に暮れる彼らはある日、大陸で名を馳せたと嘯いている武術家を見つける。

その男が繰り出す拳に天啓を受けたあるカワウソが、なんと見よう見まねで型を再現しはじめたのだ。

この猿真似ならぬ獺真似のいんちき武術を、少林寺拳法と名付け、川を渡る旅人や、水運の船頭を意気揚々と襲いに行くのだが、リーチが短いという意外な弱点が露呈し、ことごとく返り討ちに遭ってしまう。(後に、少林拳を参考にした、全く同じ名前のちゃんとした拳法が生まれることは、彼らも予想出来なかっただろう)

斯くして、真っ向勝負でも変化球でも狐狸に勝てなかったカワウソたちはなんやかんやで絶滅し、地球温暖化は止まることを知らず進行しているのだった。

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危険地帯 春雨倉庫 @6gu

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