第6話
奪われた少女後編
ミチオサイド
ミチオ「駄目だ!呼びかけにも応答しない。木こり、どうしたんだよ…木こり」
助けて、助けてと連呼する木こりの肩を足立と僕は必死に揺さび問いかけるが、木こりからの応答はない。
僕の後ろで千秋が倒れ込む音がした。
千秋「ちょっと何これ」
彼女の指を指す方には木こりの足元…
雨は降っていない…
むしろまだ暖かい晴れた秋空の下、木こりが立っている場所だけ流れ出るほどの水で溢れている。
足立「あいつ…あいつの姿がない…」
足立が焦った口調で僕を見つめる。
その言葉にあたりを見回すとあの女が消えていた…
ミチオ「取り憑かれているのかい。」
怪異「助けて…下さい…美優を…助けて…」
木こりの体を使って怪異はそう呼びかける。
ふと僕の視界の横で小さな何かが動いたのが分かった。
目線を下げ胸元についたチューリップの名札を見て絶句した。
松葉…美優…
るんるんと黄色い帽子を被った小さな女の子が覚えたての三輪車に乗って笑顔でこちらを見つめている。
美優「お兄ちゃん達もお散歩?美優も今からママを迎えにいくの!」
僕は…一体何を見ているんだ。
頭の中がモヤモヤする。
ママ「美優!美優!!!来ちゃだめよ!!!」
声の先に目を向けると顔立ちの綺麗なブラウス姿の女性がこちらに手を振っている。
美優「ママ!ママだー!」
か細い足がペダルを前に押し出すことに夢中になる。
信号は赤…のまま
ミチオ「行けない…今渡っちゃだめなんだ…」
僕の伸ばした腕が少女の体を通り抜け地面へと落下した。
キコキコと三輪車と共に進む幼い笑顔の横顔だけが目に映る。
足立「ミチオ!何やってんすか…木こり先輩!」
タイミングが…遅かった…
ミチオ「しまった…これは幻覚……」
顔を足立君の叫ぶ先に向けると木こりが横断歩道のど真ん中で1人の少女を抱きしめていた。
ミチオ「なんで木こりがこんなことに…」
僕のすぐ左側でクラクションが悲鳴のように唸る。
僕の足は…勝手に駆け出していたさ
このままだと車が完全に木こりと衝突してしまう。
車との距離2メートル…
ミチオ「ハハハ……まがいなりに神もこういう時は時間がゆっくり進むんだな…嫌だ……嫌だ……人間は脆い…どうか…助けて……」
その時、木こりと目が合った。
記憶が飛んでいたんだろう…驚いた顔して僕を見てる。
あぁ、これが、彼の最後になるなんて…
ギャーっと急ブレーキをかけた真っ赤な乗用車はバコっと鈍い音を立てて大切な僕の友人を僕の目の前で吹っ飛ばした。
10メートルは飛んだであろう…
交差点のど真ん中に倒れ込み全く動かない彼をただ見つめることしかできなかった。
一筋の涙が、僕の頬を伝う…
以前主人との再会をした時に流した涙とは違うものだった。おそらく木こりと一緒にいて覚えた涙だと思う。
ミチオ「あぁ…あぁぁ…」
僕は膝から崩れ落ちた。
救急車、救急車と車から降りて来た男の声と千秋と足立の悲鳴が頭の中で交差する。
ミチオ「木こり……木こり………」
僕はそれしか出せる言葉はなかった。
木こりサイド
俺の見つめる先にはミチオがいた。
ふと気付いた時には交差点のど真ん中で幼い子供を守るかのように抱きしめることしかできなかった。
悲鳴のように鳴り響くクラクションと共に鈍い音と衝撃が全身に伝わる。
美優「お兄ちゃんありがとう。」
怪異「あぁ……アアアアアアアアアアア」
体全身が痛い…
一瞬の衝撃と共に宙に舞い何度も地面に叩きつけられた。
幸い…意識はある。
ミチオや皆んな…知らない人がこちらを見て叫んでいる…
さっきの音…俺は轢かれたのか…
でも痛みには慣れてる…肋に激痛を感じて動けないだけ…
でもなんだろう…この感じ……
?「主…早よ立たんか…」
美優「お兄ちゃんありがとう」
?「いかん…こいつは完全に逝ってる」
視界に映るのは2人の幼い子供、1人は幼稚園児…もう1人は……着物姿の少女?
意識が限界を迎える中、耳元で囁く声が聞こえた。
怪異「ありがとう…美優を助けてくれて」
とても美しい声に顔が見えないこの人はきっと美人なんだろうなと想像する。
そうか…
この子供が、ここで事故に遭って、それでその母親は…ずっと我が子を助けてくれる人がいないかと探していたのか……
今まで何人もここを通っただろうになんで俺なんだよ。
そう思いながら消えゆく我が子を抱きしめる女性の姿もまた儚く散っていく。
それに合わせて薄れゆく意識を我慢しながらも諦め目を閉じることを選んだ。
千秋サイド
私は違う意味で悲鳴を上げた。
もちろん木こりが車に撥ねられたことは驚いた。
彼が車とぶつかる直前に…呼んだのよ…
力を使った…
今までは言うことも聞いてくれなかった…
他のやつに奪われていたから…
私から離れたのは小学5年の時だった。
6歳の頃両親が蒸発し祖父母に育てられた私は祖母の死をきっかけに叔父の家に預けられることになった。どれだけもがいても拒絶してもそれまで築き上げて来た友情も時間も大人の都合でどうにでも壊されちゃうと私は感じていた。
その心をいつも満たしていてくれたのが千鶴。
私の拠り所。
気づいた時から彼女はそばにいていつも笑顔でいてくれた。
とある日のこと、公園で遊んでいるとスーツ姿の男が目の前に立っていた。
そいつは自分のことを解離と名乗った。
解離「お嬢さん貴方は素晴らしものを持っていますね。」
千秋「えっ……」
私は絶句した。
彼の周りには20を超える私と彼にしか見えない拠り所が立っていた。
解離は舐めるかのように千鶴の顔を見ている。
千秋「あの…知らない人と喋っちゃダメって…言われてる…」
解離「君のお父さんとお母さんはある日突然いなくなった。最初はどこか仕事に行ってると思ったんだろう。しかし待てど待てど君の両親が帰ってくることはなかった。それでも学校の友人に不安な表情ひとつとなく見せなかった君はある日、お隣にいる姫と出会う。それはそれは仲良くなっただろう何せずっと君のそばにいて勇気をくれるのだから。だから君は姫を親友と思うようになった。あーー儚い儚い…君の人生は儚いものだよ…あっ、君が生まれてからの話、今日まで1日たりとも欠かさずに話せるが聞くかい。」
私は動けなくなった。
単純に危険だから逃げなきゃと思ったのは人生の中で初めての経験だった。
千鶴「主…近寄るでない。」
解離「ほう…」
千秋「こいつを追い払って千鶴!」
解離「なんと、この若さで可逆を」
るんるんと輝くその目、にやけた顔に鳥肌が立つ…
千鶴「近寄るな」
そう、千鶴が手を伸ばした時だった。
解離も手を伸ばし千鶴の手のひらに触れたのち後方へと吹き飛ばされた。
千秋「千鶴、行こう。」
そう言って千鶴の手を引っ張ったけど大きな岩のように重かった。
上を向いて白目の千秋を私は見つづけることしかできなかった。
解離「ククク…いけませんねぇ…こんな可愛い子供が…おいたがすぎます。」
真っ白なハンカチでメガネの傷を確認しながら、あれだけ派手に吹っ飛んだにも関わらず服の汚れすらない男がニヤニヤと気持ちの悪い笑顔を浮かべてこちらへ近づいてくる。
解離「契約完了…」
千鶴がスルスルと動き出す。
千鶴「千秋…駄目かも…」
何が起こったのか全く意味がわからなかった。
拠り所の群れに千鶴が足を進める。
それを追いかけて千鶴の肩を掴んだけど
振り向くことは愚か、呼びかけにすら答えてくれなかった。
解離「これが常…君は君のままでいいんだ。こうすることが1番君が幸せになれる方法。私は救っているのだよ。どうせ、運天で消えゆく定めだ。」
千秋「一体どういうことなの…」
解離「最後だ…良いだろう…私や君が出せるこの赤い球は可逆と言う、全ての拠り所に命じることができる力。そしてその命令には絶対に逆らえない。これは君もわかるだろう。無論、それで君の拠り所を奪ったのだから。はたまた運天とは拠り所が祠に対して3回まで使える能力のこと。君のいなくなった両親を帰って来させることも、死んだ祠を生き返らせることもできる。ただし、拠り所の身体は大きな傷を受けてしまう。3回目で完全に消滅するんだ。君の精神力の崩壊で運天を使うことが必ず来る。人間は弱い…君の拠り所はすでに一回能力を使っているようだな、愚かだ。」
訳がわからなかった…
千鶴と離れるってこと…もう会えないってことなの…
解離「それでは失礼するよ。」
千秋「待って!」
千鶴「主…近寄るな。」
千鶴の心臓から伸びるぐるぐると回る白い塊を見て私は絶望した。
千秋「だめ…だめーーー」
解離「それでは、失礼するよ。行こう皆んな」
解離とそれにまとわりつくたくさんの拠り所と千鶴の背中を見てしばらくの間考えたのち、抵抗さえできない自分に苛立ちを感じ1人で泣いた。
それから引越しの覚悟を決め、全てを捨てた。
転校初日の日…名前を呼ばれ壇上に上がると2人の男の子に私の視線は奪われた。
一人はこちらを見つめたまま固まっていたが後ろで彼を抱きしめながらゲラゲラ笑っている金髪の美少年が彼の拠り所だとすぐに分かった。
私はその拠り所に惚れてしまった。
幼心で好きとか、恋とかそういうのとはまた別に、いや、それも含めて、彼のことを心から欲した。
こうして新しい生活を送って慣れていくのちに彼は誰からも相手にされない人だとわかった。
でも彼はいつも笑っていた。
拠り所の力って恐ろしく大きい物だとその時に千鶴を思い出した。
なんで私なんかの元へ現れたのか、あの2人を見ているととても考えさせられ、2人の仲の良さを見ていく中で私は月日が流れるほど千鶴が愛おしくなった。
だけど今、彼の祠が死と直面している…
私にできるのは…できるかどうかはわからない…千鶴お願い…木こりを助けてあげて…
木こりサイド
目を覚ますと救急車のサイレンと共にガタガタと居心地の悪いベッドで目を覚ました。
千鶴「よう…目が覚めたか…」
幼い着物の少女が俺の腹の上に乗り頬をつねる。
救急隊員「意識戻りました。君!しっかり!もう大丈夫だからね」
木こり「俺は…そうか…轢かれたんだ。」
千鶴「もう痛くはないはず…はよおきんか。」
そう言いながら俺の頬をつねるその小さな手からは想像もつかない力に飛び起きた。
木こり「いった〜…くない…あれ?痛くない」
肋の激痛と地面に打ち付けられた傷の痛みが完全に消失している。
救急隊員「君…動いちゃ…あれ…傷が…ない」
そりゃ驚くのも無理はない…自分でも不思議な感覚だ。
のちに病院で分かったのは肋骨骨折による内臓損傷と全身に大きな打撲痕があったんだよと伝えられたがどういうことか救助隊が駆けつけ搬送しようとした時にもうその傷は治っていたと告げられたことだ。
病院内でも事例がないため、かなりの時間私は病院に拘束されたが、結局異常は見つからなかった。
今、その病院に行っても医者からは風くらい自分で治しなさいと冗談混じりで言われている。
話を戻そう。
救急隊員の制止を振り切り、立ち上がると
着物を着た女の子が口を開く
千鶴「流石に…いかん…ゴホッ」
小さな両手は鮮血に染まる
木こり「君…大丈夫?」
千秋「千鶴…いやーーー」
その言葉で千秋の拠り所だと察した。
千鶴「よぉ、主…久しぶりだの…」
千秋「千鶴…あんた…何回目…力を使うのは何回目なのよ…」
千鶴「会いたくて…会いたくて…主に…会いたくて…解離の力を解いて着たぞ…我を呼ぶの…遅すぎじゃ…」
千秋「もう会えないと思った…私だって本当に辛かったんだから。でもこうして…本当にごめんね。」
千鶴「悪いのは私だ…」
ぐったりと千鶴が地面に倒れ込む、その右の手のひらには小さな白い回転体が弱く今にも止まりそうに力を弱めていく。
木こり「何これ…俺と同じやつ…」
千秋「拠り所も力を使えるの…3回だけ…でも3回使い切ると消滅しちゃう…」
木こり「何それ…そんなの…今…今何回…」
千鶴の手のひらから白い球が落ちる。
その指は親指と小指を曲げた。
千秋「嘘って言って…」
千鶴「過去に千秋を助けるのに2回、今のこいつの命で1回」
千秋「主…会えて嬉しかった…大きくなったの…」
さらさらと消えゆく幼い彼女の血を流す横顔を見て、俺たちは涙を流すことしかできなかった。
ミチオ「憤慨だね…まさか僕の祠が他の拠り所に命を救われるなんて…」
足立「千鶴ちゃんは消えさせない…ミチオ持って2分くらいかな…間に合う?」
千秋「みんな…」
木こり「だろうと思った…願いが叶う…拠り所が3回使えると言ったら…畜生…泣かせやがって…命の恩義」
ミチオ「お返しします。」
足立「現世に神様を磔の刑にするのは違反行為かもしれないけど…それで神を救えるなら…」
千鶴の下にお経のような文字が見えた気がするが、足立の力なのかなと思うと、
木こり「お前…一生その道には就けなくなりそう…」
足立「大丈夫!なる気ないっすから!」
救急隊員「あなたたちは一体…怪我の手当もあるから早く…」
木こり「迷惑おかけしますが…ちょっとだけ時間ください…」
そういうと、3人の救急隊員は何度かタンカーに乗せようとしたが、傷一つなくなった体を眺めながらどこかに電話をかけたりただ立ち尽くして、俺たちを変な目で見ている。
ミチオ「僕もこの力のことよく分かっていなくてね…3回も使えるなら今がそのタイミングかな…僕の力は」
そういうと、ミチオの姿は大きな狐へと姿を変え、妖獣となったその右腕からは金色の球が激しく渦を巻き千鶴の周りをうねり始めた。
俺はミチオのことを抱きしめた。
あまりにも大きな姿に俺の両腕では抱えられないほどだった。
木こり「そうか…こんなに大きくて暖かい…これが俺の側で守ってくれてるんだ。」
ミチオ「人も神も救うためにあるんだ。」
足立「もう時間がない…ミチオ急いで」
ミチオ「僕の力を千鶴に1つ分けてあげる」
木こり「千秋。これが俺らがお前にしてあげられることだ…」
千秋「ありがとう…本当にありがとう。」
足立の磔が解け、千鶴が目を開ける。
その目には涙が溢れていた。
千鶴「阿呆…こんなわしを」
ミチオ「阿呆で結構!僕が使うって決めたんだ。僕の祠を救ってくれて本当にありがとう。改めて、木こりの拠り所のミチオだ。宜しくね。」
千鶴「千鶴だ…今は解離という人間の拠り所をしておる。」
木こり「あー、そうか…そういうことか…君は奪われたのか…だから千秋には拠り所が…なるほど…」
大きな狐の口から大量の血が溢れ出る。
その体はいつもの美しい少年へと戻った。
ミチオ「…これ…代償ってやつかな…」
木こり「ミチオ!」
ミチオ「大丈夫…大丈夫だから…」
千鶴「申し訳ない…だが1度目…すぐに癒える。」
その後、俺は2週間の入院をしたのちに体に異常がないことが確認され退院となった。
その間、俺を轢いた人と千秋、千鶴が毎日来てくれた。
ミチオの体の具合もすぐに回復しそばに居てくれたから長い入院生活も退屈しなかった。
俺は千秋から話を聞いたのちに3人の力で千鶴を押さえつけて解離という人間の元へ帰れないようにした。
今は千秋の拠り所に戻っているが、解離にいどころが知られるのを遅らせる為、俺が意識の半分を受け持ち、神体は足立の神社で祀ることにした。
これからどうなるか、わからないが今の最善の方法だと思っている。
いずれ…運天がなくてもタイムリミットが迫っていることを俺たちはまだ何も分かっていなかった。
僕と拠り所 @toarukikorinojituwakaidan
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