第5話

奪われた少女前編


ミチオ「……り」


足立「…ぱい」


ミチオ「…こり」


ミチオ「木こり!!!」


気がつくと幼い少女を抱きしめていた。

すぐ近くからパーとけたたましく鳴り響くクラクションが聞こえる。


だめだ…


「木こり!木こり!!!」


死ぬ…………





数日前の話になる…


千秋「助けてほしいことがあるんだけど、話聞いてくれない?」


木こり「は?」


目の前にいるのは俺の同級生の千秋、初恋の相手でもある。

小学5年の時に転校してきた彼女は無論、俺が誰からも相手にされないのも、いじめられてるのも見ている。

特段話をしたことがあるわけでもなくこうして唐突に話しかけられる理由もわからない。


木こり「なんでしょうか…」


千秋「あんたといつも一緒にいるその子…もしかしたらと思って…随分中良さそうだし」


木こり「はい?」


千秋「とぼけたって無駄なんだから。今も隣にいるでしょうが!」


足立「先輩これって…」


木こり「え、え〜と」


ミチオ「君も見えてるのかい?」


千秋「うわー、話できるんだー!」


もうわけがわからない、一体この街には、この世界には何人見える人がいるんだ?

もしかしたら全員…いや…違うそんなはずはない。でもこうやって立て続けにミチオの存在が他人に認知されると正直むしゃくしゃしてくる。


木こり「見えるからなんだって言うんだよ…俺らは忙しいから、無理。」


千秋「うわー可愛〜!外国の人みたい!」

ミチオ「耳も出るよ!」


ぽむっと金色の髪の中から耳を出すミチオに千秋が両手で髪の毛やら耳を触りまくっている。

それを見てまた苛立ちを覚える。


木こり「いい加減にしてくれ…ミチオも」


ミチオ「嫌だ!だって木こりの初恋の人だもん!」


千秋「え?」


足立「おーーー」


ミチオ「ハハハ!」


木こり「お前…」


木こり「もう…もうもうもう、なんでそれを言う!関係ないことだろ。千秋も俺のミチオに触らないでくれ。」


千秋「ふーん」

ミチオ「ふーん」

足立「ぎゃーーーははは、面白いwww」


頭の中が真っ白…これなら怪異に取り殺された方がマシかも…

一体どうなってるんだこの状況は。



木こり「帰る」


千秋「ごめんってば」


木こり「こう言うふうなこと慣れてないもんでね。あんまり人と馴れ合うの得意じゃないから。話も聞きたくない。」


千秋「あんたは…それが原因で」


木こり「うるさいって……」


そう振り返ると千秋の身体にまとわりつく全身ずぶ濡れの女がいた。


千秋「本当にごめん…だから…話…聞いてほしい…あんたも見えるんだよね」


木こり「俺は何も見えない…見えないはずだった…なんで…」


千秋「このままだと私、死んじゃうかもだから」


足立「そんなわけ…俺が払ってやりますよ」


足立がそう言うと目を瞑り合掌した手を三角系の形に変えて何か唱える。


パーンと音を立ててずぶ濡れの女は千秋の後方へと吹き飛ばされる。


足立「ほーら、楽勝、楽勝……って」


怪異「あ〜、ん〜ん」


足立「消えない…?」


千秋「どんなにお祓いに行っても、塩を巻いてもその時は消えるの…だけど時間が経つとまた現れて、最近は何をやっても無駄。」


ぐるりと肩に手を回し舐め回すように千秋を見つめるその女の顔はブヨブヨとしており今にもこぼれ落ちそうだ。


木こり「なんでこんなことになってんの?」


ミチオ「うーん、相当強い念だね。僕にもよくわからない。」

千秋「ある日を境に現れるようになったの。最初は遠くの方に見えていたんだけどそれがだんだん近くなってきて今となっては声も聞こえるし、姿もはっきり見えるようになって…」


千秋「助けて…って何度も言うの」


ミチオ「助けてって?」


千秋「うん。だから木こりくんたちなら何かわかるんじゃないかと思って…」


木こり「なるほどな…」


そう俯く彼女を見ると心の中で何かが張り裂けそうになる。


足立「先輩…」


こう言う時、足立は俺の何かを察してくれるが正直そう言うのもめんどくさいと感じる。

もしこれがきっかけでみんなの関係が悪くなったら…俺のせいで誰かを傷つけてしまったらどうしようと…


ミチオ「君は本当に優しいんだ。だからそんなの考えなくていい…君がやりたいように君が思うように僕と一緒にやろう。」


後ろから抱きしめられる暖かさはいつまでも新鮮なままだ。

こうしていると心が落ち着く…


木こり「やりたいように…か…」


千秋「お願い……」


千秋の後ろで唸り声をあげる女はどこか悲しそうな顔をしている。


木こり「しゃーない…今回だけ…と言いたいところだけど」


俺は左腕を心臓に当て拳に力を入れる。


ミチオ「木こり?」


赤い球がスルスルと胸から出てくる感覚が分かる。それは力の抜けるような、気持ち悪くて吐きそうになるほどの苦痛だ。


木こり「その女は俺が預かる。俺が解決するからお前は…」


千秋「それだけは駄目…」


絶句した…

俺の目の前に…


木こり「お前…」


俺の目の前に…赤くぐるぐると回転している玉を持つ千秋がいた。そう、俺と同じように…


木こり「なんで………」


千秋「あんたなんかより、よっぽど辛い過去、背負ってんのよ…」


千秋「ミチオ…木こりを護りなさい。」


ズシっとミチオが膝から崩れ落ちる。


ミチオ「ハハハ…君は…拠り所…」


千秋「あんたもあんたよ…耳触られたくらいで同意しないの。」


木こり「一体どう言うことなんだ…」


千秋「私に拠り所はもういないの…だから…」


と、ボロボロと涙をこぼす千秋を見て俺は頭の中が真っ白になる。


木こり「なんでお前も…それを使えるんだ…ミチオだって…2人だけの力だと…」


千秋「バカな話ね…でも…この力は拠り所にしか働かない…今の私の状況にはどうすることもできないのよ。」


世界の考えが俺の中で変わった。

拠り所は複数…いやもっとたくさんの数がいること。

その祠も同等の人がいて同じく赤い球で拠り所に命ずることができること。

赤い球は自分以外の拠り所でも効果を発揮できること。

祠は拠り所がいなくなっても赤い玉を使えること。


木こり「それなら…それなら……」


千秋「ちなみに、こんなことだってできる。ミチオ!私の拠り…」


ミチオ「あんまりふざけたことはしない方がいい…喋りすぎだよ。」


ミチオは俺の後ろから姿を消し、いつの間にか千秋の目の前にいた。

千秋の首元に大きな爪を立て、殺気が周囲を包む。


ミチオ「君が唱える前に殺すさ…」


千秋「冗談よ…そんなことするわけないじゃない…私だって……だっだら、助けてなんて言わないわ」


ミチオ「君の拠り所は……そうか…」

木こり「わかったよ…」


泣き崩れる千秋を俺は見つめることしか出来なかった。


後日、


千秋「お邪魔しまーす。」


足立「へー木こり先輩の家めっちゃ広い。しかも離れって…すごい羨ましいんすけど…」


木こり「下は車庫だし、誰も上がってこないから好きにできるのは利点だわな。」


足立「何人連れ込んだんすか?」


木こり「バカ、いねーよ」


グイグイと壁沿いに追い込んでくる足立の顔はニヤニヤと変態的な顔をしている。


足立「ほら、千秋さんいるじゃないっすか!先輩!このタイミングっす!」


木こり「興味ねーよ。やめろって」


千秋「2人とも!何話してるのー。」


怪異「あ〜〜、んぐ〜ん。ん〜〜〜」


木こり「大体こんなのつれてちゃ女も部屋に呼べねーなって話。あっ…」


千秋「ふーん」


木こり「違う、間違った!違う…」


千秋「木こりくんってヤンキー?」


木こり「違うってば…」


足立「ぎゃーーははは、自爆〜!!」


木こり「うるせーよ。」


ミチオ「なんの話だい…」


木こり「おいミチオ…お前…」


そこには寝起きでボサボサの髪を掻きながら、全裸で立つ拠り所の姿がいた。


ミチオ「ふぇ?」


千秋「いやーーーーーー」


足立「ミチオ、服!服!」


ミチオ「ふぁ〜〜あ?………あ!」


木こり「これ着とけ」


すぐに上着を脱ぎ捨てて、ミチオの股間へと投げる。

俺の上半身裸になった姿を見て足立は笑う。


足立「っっっ…もしかして…一緒に裸で寝てるなんてこと、ないよね?」


木こり「………」


ミチオ「そうだよ…木こりあったかいもん。」


人生が終わったと思った。


木こり「…………」


自分でも耳まで赤くなっていることがわかる。顔が熱い。


足立「きゃーーーーwww」


木こり「もうそれ以上…言うな…それとミチオ…上着は着るんじゃなくて隠すために使うんだ、モロ見えだぞ…」


ミチオ「昨日もぐっすり寝れたね〜!今着替えるからこれ返すよ。」


木こり「あっちょっと…」


ぽんっと音を立てるといつもの格好になった。ミチオが手に持って俺に差し出したトレーナーは一瞬にして灰になった。


ミチオ「あっ、ごめん忘れてた…」


木こり「いいんだよ」


足立「うわっ、そんなふうになるんだ!流石…神様っぽいわ…」


いいんだと、クローゼットの引き出しからTシャツとパーカーを出して着替える。


千秋「もう、私いるんだから、もうちょっと気を…遣ってよ…」


悶々とした空気が漂う。


怪異「あ〜〜〜ん、ぐぅ〜〜」


木こり「なぁ千秋…なんでお前…笑ってんだ…?」


千秋は両手で溢れんばかりの笑みを浮かべた顔を隠す。


千秋「べ、別に…何も」


足立「なんかここ、変態の集まりっすね」


俺と千秋は手加減なく足立の頭を引っ叩いた。

それを首を傾げながら見つめるミチオの姿に俺は少し、幸せというものを覚えた。



木こり「それじゃ…話を進めるわけだが…」

四角いテーブルに4人で腰掛け、俺は口を開いた。何を出せばいいかわからなかったので大好きな鮭とばとコーラを広げ、女の霊に親指を立てた。


木こり「俺の後ろにいるこれなんだが、特に変わりはなくこのまま部屋の中をうろうろしているだけ…助けてなんて、一言も言ってなかったぞ?なぁミチオ…」


ミチオ「そうだね。彼女に特別なところなんかなくて、ただただ普通の霊体って感じかな…」


ただ、とミチオは顎に手を当てながら話を続ける。


ミチオ「ただ、常に一方の方向を見ているんだ。今だってほら。」


唸り声をあげる女は何もない壁の方を見つめながら立ち尽くしている。


千秋「私の時も確かにそうだったかも…」


足立「ってことは見つめる先を辿ればなんか見つかるかもってことっすか?」


木こり「そうなの?」


ミチオ「足立君、流石だね!多分僕もそうじゃないかと思ってる。」


木こり「なるほど…」


俺はテーブルの上の鮭とばを頬張りながら皆の推理に感心した。


木こり「お前らは全員こいつのこと見えるんだな…俺は見えたり見えなかったり…最近は意識すれば見えるようになったくらいかな?幽霊って案外怖くないのな。」


千秋「物にもよると思うわ…」


木こり「そうなのか?」


千秋の顔色が変わったのがわかる。


足立「まぁまぁそんなことはさておいてこいつをどうするかっすね。」


木こり「そうだな。ってかミチオは霊と喋ったりはできないの?」


ミチオ「ちょっと感覚が違うというか…霊と神はそもそもが違うから、喋りたくても喋れないよ。向こうの声は聞こえるけどね。」


木こり「なるほど、色々難しいんだな。」


こうして仲間が増えると普段考えなかったことが疑問としてどんどん出てくる。

ここ数日間、自分の存在について考えていたが答えに辿り着くことは出来なかった。


木こり「それじゃ…一旦外に出して様子見てみようか。」


足立「そうっすね。そこからどうすればいいかまた判断すればいいと思うっす。」


女の霊はするりと俺たちの元へ近づいてくる。


その様子を確認しながら俺たちも足並みをそろえて歩き出す。


それはゆっくりゆっくりとブヨブヨに腫れ爛れた足を引き摺りながら前へ歩いていく。


怨念か、はたまた生き霊なのか…そんなこともわからないまま小一時間ほど歩くと、街の大きな交差点の前で立ち止まる。


木こり「へー幽霊でも赤信号は止まるんだな。」


ふと俺の横を小さな何かが横切った気がした。

その途端今までは唸るような声しか上げていなかった霊が叫んだ。


怪異「助けて…美優を…助けて」


足立「先輩危ない!」


そう肩を抑えられて俺は我に帰った。


木こり「今…なんて?」


足立「急に道路に飛び出すからマジで焦ったっすよ。」


木こり「俺が?」


ミチオ「ちょっと不味いかもね…この間、赤い玉を出した時、千秋は言った…あれは拠り所にしか効果がないと…」


千秋「もちろんよ…あの女にも有効ならとっくに命じてるわ。」


ミチオ「でも木こりが女を預かるって言った時にその女はそれから木こりの元へやってきた…なんで気が付かなかったんだろう。」


木こり「が…が…美優を…をを…助け……げ……」


俺の記憶はここまで…

ここで完全に途切れた。


次に思い出した時は目の前にトラックが突っ込んでくる光景だ。


ここからは当時のミチオ、足立、千秋の話をもとに書くこととする。

言葉は完全に創作になるため、ご理解いただきたい。

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