第6話 狂乱の春月


「……お前たちの行動、発言、その全ては王国の監視下にあった。そして、お前たちがコール王国に味方しないのであれば――ここで殺すことになる」


 葛葉シノは淡々と、拳銃の銃口をレジエたちに向けたまま言葉を発していた。そんな彼女に、ちょっと待て、とレジエが物申す。


「待て!俺たちはこのコール王国の現状を調べに来ただけで、お前らと争うつもりはな――」


「……だが、どちらの味方でもない。それならば始末しておいた方がいい、と国王は考えている。怪しきは罰せよ、ということだ」


「……『コール王国派の仲間』って免罪符がなきゃ、お前らとアタシはただの主人公ヒーローどうし、つまりは敵だろうがヨ」


 テリジノ・ウムエは発砲した。その弾丸を、プロメテウスが鎖で叩き落とし、そして満面の笑みを浮かべた。


「……ククッ、てめぇらとれるのか!話が簡単になったな!」


「プロメテウス!」


 カノンはプロメテウスを制止しようとしたが、攻撃を仕掛けてきたシノのせいでその行動は中断された。

 プロメテウスは黒紙イクサと。

 カノンは葛葉シノと。

 レジエはテリジノ・ウムエと対峙する。


「プロメテウス!カノン!」


 レジエは二人に向け、大声で告げた。


「それぞれでここから離脱しよう!あの草原で落ち合うぞ」


「了解!」

「……ひゃっはぁ!」


 レジエは天井を突き破り、上空へ。カノンは壁を壊し、通りの方へ。プロメテウスは崩壊した旅館でそのままイクサへと、戦闘を仕掛ける。


「逃すかヨ!」


 テリジノ、そしてシノはそれぞれ二人を追う。旅館では、プロメテウスとイクサの激しい戦闘が開始されていた。




 


「……待て」


「待たないよ!」


 真っ昼間、亜人たちでごった返す大通りの合間を縫って走り抜けるカノン。その後をシノが追いかける。


「……迎撃――いや、人が多過ぎる。流れ弾を当ててしまう」


 カノンは銃を取り出さず、ひたすら駆ける。だが、それはシノも同じで彼女も攻撃はしてこなかった。


 そうして、カノンは塀を飛び越え、草原へと出た。しかし、シノはまだ追いかけてくる。……いや、むしろこの場所に到着するのを待っていたとも言える。


「……ここなら、亜人たちに被害が出ない。本気でやれる」


「優しいんだね、シノ」


「…………余計なお世話だ」


 カノンはアサルトライフルを構える。しかし、一方のシノは


「……え?」


「勘違いするな。こんな玩具おもちゃ、脅しにしか使わない」


 カノンの一瞬の動揺の隙に、シノは懐から"札"を取り出した。黒マスクを外し、そしてそれを口に咥える。


怪異憑依ダウンロード


「……え……っ!?」


 シノの姿が大きく変化する。身体中から茶色い毛が生え、口からは牙が剥き出し、耳は獣のようになっていった。


「ダウンロード完了。『人面犬』」

  

 カノンが発砲した銃弾を華麗に避け、そして飛びかかるシノ。

 

「……その、姿は――!?」


「私は『退魔師』だ。封印し魂のみの状態にした怪異どもをこうして、自分の身体に憑依させることができる。これが、私の戦い方だ」


 飛びかかった一瞬で、カノンのアサルトライフルはスクラップにされた。その鉄塊を捨て、カノンは拳を構える。


「……ステゴロでやる気か?『人面犬』は下級の怪異だが、少なくとも素手でやれるような相手じゃ――」


「いいからかかって来なよ。本気を出さなかったから負けた、なんて言い訳は聞かないからね?」

 

  





「ヘェ、生き物に変身するのかァ。なかなか面白い戦い方をするじゃネェか」


「そりゃどうも!」


 一方、"エデン"の市街地の屋根の上で、レジエとテリジノは激戦を繰り広げていた。テリジノの放つ銃弾が、亜人たちの民家を破壊する。


「おい、……テリジノ、だったか?そんなに鉄砲バンバン乱射していいのか?一般人に当たったらどうする?」


「知らネェよ、そんなこと」


 眼球がくっついた、不気味な魔銃を使いこなすテリジノ。銃弾は予測不可能な動きをして、レジエを狙う。レジエは三葉虫の外骨格で防御するも、魔弾に込められた魔術が彼を蝕む。


「……おい、お前も曲がりなりにも主人公ヒーローだろ?…………自分の世界を守るために他の主人公ヒーローを狙うのはまだ分かる。けど、罪の無い一般人に被害を出すのは違うだろ……!」


「お前、一つ勘違いをしている」


 激昂するレジエに、指を差すテリジノ。恐竜骸骨の仮面の奥から、赤い目の光が輝いた。


「『主人公』が、全員が全員必ずヒーローってワケじゃねーだろ?物語の主役の全員が正義の味方だったなら、あっという間にマンネリしちまう」


「…………」


「悪を成し、それでも物語の主軸となるもの。物語のために、『ヒーロー』らしからぬ行動をする主人公。それを、『反主人公アンチヒーロー』という。そんでアタシはそれに属する――らしい。《クラウン》のヤツがそう言ってた」


 

 テリジノ・ウムエ。報酬さえ出されれば、どんな仕事も請け負う仕事屋。呪いの魔銃と影を操る能力で、鮮やかに仕事を遂行する。



「てなワケで――死ね、夢見がちのスイートボーイ」


「……この程度で俺を殺せると思うなよ……!…………しゃあねー、それなら、俺の本気を――」


 そこまでレジエが言いかけた、その時だった。



 

「ヴァァアァァァァァァァゥァァアゥ!!!!」




 その奇声と共に、上空から何かが飛来してきた。着地の余波で、周囲の建物が吹っ飛ぶ。


「……神羅か……!?」


 レジエはスマホをその影に向けたが、何の反応も無かった。その空から現れた何者かは、粉塵が晴れると共に、屋根の上のレジエたちに視線を向けた。


「ギャギィ……ギャハハハハ、アハハハっ!」



 ……それは、異形だった。


 肉体は女性に見える。漆黒の髪の毛が地面に付くほどに伸びていた。スタイルも抜群だ。しかし、身体の至る部分がひび割れており、不気味な目玉がそのひび割れから覗かせている。髪の毛の一部は、ぐるぐると絡まって触手のような形を形成していた。腕からは刃物が飛び出している。

 顔面を覆い尽くす不気味な仮面が、こちらを睨んでいた。


「ギハハっ!」


 狂喜の笑い声と共に、その女は跳躍した。そして、テリジノに襲いかかる。


「……テメェ……!?なんで、ここにぃ!」


「屑…………コロス……ッ!粛清!鏖殺!」


 ねじれた髪の毛が、大口を開いた芋虫のような形になってテリジノを飲み込もうとする。テリジノは自身の影に潜り、それをかわした。その代わりに足場となっていた建物の屋根が崩壊し、崩れ出す。


 

「……なんで、あいつがァ……」


「うおっ!?びっくりしたぁ!」


 レジエの影から、テリジノが現れる。驚くレジエに、テリジノは一つの提案をもちかけた。


「……一時共闘しねェか、レジエ?…………あいつの名は、『ギルル・ウォモン』。アタシと同じ反主人公アンチヒーローで、特定の主人公ヒーローを付け狙って来る頭のイカれた野郎だ。ジャジー王国にもコール王国にも属してねェ」


「……共闘、か。俺を見逃してくれるならいいぞ。それに、一般人に被害が出るのは見過ごせない」


「……よし、なら共闘はせいりつ――――」




「ヴァァァァァゥァ、イェアゥァゥァ!!!!!」



 ギルルが突然、咆哮した。

 その瞬間、全方位に向けて衝撃波が発生した。テリジノとレジエは吹き飛ばされ、大地に叩きつけられる。


 

「ガ…………はぁっ!?」


「バケモン、めェ……」


 ギルルは地面にひれ伏すレジエとテリジノのそばへと舞い降りた。刃を構え、トドメを刺しに来る。



「……チッ、殺られてたまるかよ――『呪怨弾』!」


 テリジノは力を振り絞り、引き金を引いた。弾丸は見事、ギルルを撃ち抜く。ギルルの体内に残留した弾丸は呪いを撒き散らし、ギルルの肉体は崩壊していった。



「……は、ははっ!油断してやがったナ、あの野郎!一か八か、ってんのは思ったより上手く行くもんだな」


「……ギャハァ?」


「…………は?」


 その声を聞きつけた時にはもう遅い。

 

 どういう訳か、無傷で立ちあがったギルルに、テリジノは頭を蹴り飛ばされる。地面を転がり、そして絶叫した。


「はぁ!?……んだよ、何なんだよてめぇはよォ!!……そうだ。前回に遭遇したときも、脳天撃ち抜かれてんのに平然と復活しやがって……!てめぇは、何なんだよ!!」


 

「……私は、だ」


「!?」


 突然、囁くような声が風に乗ってテリジノへ届いた。その声は続ける。


「誰かの記憶にある限り、私は何度でも蘇る。逃げられると思うな。悪を憎む呪い、それが私だ」


「……ざっけんなよ……クソッ、仕切り直しだ」


 テリジノは影に潜り、その場を逃走した。次にギルルは、レジエに目を向ける。


「……やるなら、やってやる」


 レジエは刀を構えた。ギルルもすぐさま、彼に襲いかかる。


 ……だが、その時。レジエは視界のふちに、あるものを見てしまった。



「う、ぁぁ……ん……えぇん……」


 それは、瓦礫の下敷きになっているドワーフの子供の姿だった。ギルルが発した衝撃波によって崩れた建物に下敷きにされたのだろう、泣きわめいている。血が流れており、いつ失血死してもおかしくない。


「……っ……!」


 

 レジエは、その生命を優先した。

 してしまった。

 それは、無意識だったのだろう。おそらくは、元の世界にいた時もそうだったのだろう。


 瓦礫を砕き、ドワーフの子供を救出する。上着を脱ぎ、止血を行う。……完全に、ギルルに背を向けて。


「……俺がもっと凄いスーパーヒーローなら、ギルルを倒す、子供を助ける、どっちもできた。……けど、そうじゃない。…………あー、俺には、俺の世界の命運がかかってたな、そういえば。馬鹿だなぁ、俺。少し考えれば、あの子と世界、どっちが優先事項なのか分かるのに。これだから俺は、考えなしのバカヤロー、って言われるんだな」


 危機が迫った瞬間、人間は思考速度が上昇する。レジエはぼんやりと、どこか他人事のような感想を抱いていた。



「…………」


 だが、彼の命が失われることはなかった。




「……………………久しぶりに見たな。のような男を」


「…………え……?」


 レジエが恐る恐る振り向くと、そこには仮面を外したギルルの姿があった。その顔を見て、レジエは硬直する。


「…………え……あれが、ギルル……!?」


 艶やかで儚げなそのギルルの顔に、レジエは目を奪われた。おぼろづき朧月のようなその顔は、再び仮面に隠れてしまう。


「その在り方を、努努ゆめゆめ忘れるな」


 ギルルは跳躍し、空へと消えていった。レジエはぼんやりとした思考を何とか取り留めると、その場を後にした。

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緋色のヒーロー・ロワイヤル 麺汁ヘリクス @menjiru

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