第5話 臨んだ働き方 娼館にて


 娼館は肉体的な接触しかない場所だから、においが気になる。

 休む場所ともてなす場所が同じなものだから苦痛ではある。

 

 けれども、ここがわたしの選んだ場所。

 故郷の者たちは馬鹿だと笑うだろうが、

 自分の体を武器に勝負をしてみたいと思うのは変なことなのかしら?

 だって、こんなに美しいんだもの。

 皆褒めてくれる肉体をお金を得る武器にして何が悪い。

 魔法使いを騙して不老の体を手に入れたのだ。

 男性とどこまで対等にいられるか試してみたい。

 この体でどこまで這い上がれるのか興味あるじゃない?


 もちろん感想としては痛い。

 ツラい。

 でも仕事だもの。

 当たり前よね。

 男を喜ばせないといけないから屈辱的なこともなくはない。

 人間と扱われない時もあるし、汚い男を悦ばせないといけない時もある。


 それでももう戻ることはない。

 だって私は婚約破棄をしたのだから。

 ピロートークをしていると業界の裏話が聞ける。


「相手を連れてこい」

 商売として成立させるためにいろいろな人を声をかける。

 できるだけ大金を落としてくれる男性。


 ホンの時たま女性もいるにはいたので男性と断定するには語弊がある。


 着実に社交界どのつながりを深めていく。

 誰それが仲が悪い。

 不正をしている。

 娘を得たいというお思惑すら入って来る。

 娼館は情報を売ってもいる。

 気に入った男にのみだが、不正の話や婚約の話まで噂が流れてくることもある。

(ああ、あそこの娘のことか。美人って噂だけれどどうなるかしら)

 娼館の女は鳥かごの中にいる様で、噂で世の中をかき回す。

「ああ、そういえばあそこの屋敷にいたのでしたっけ?」

「ええ。少しだけ働いていたわ」

「爵位が今度は取り消しに合うらしくて」

「まぁ、かわいそうなことになりましたわね」


 婚約破棄した男の話も聞いた。

 酒を飲み、荒んだ生活をしているようだ。

 見下していた女に逃げられるとは思わなかったのだろう。

 

 別段心が動かされなかった。

(情が湧いたからしばらくいたのに。自分が評価されると男性のことなんてどうとも思わなくなるのね)

 女は怖い生き物だ。母性があるというが、自分には当てはまらない。

 蝶のように花を移動し、おいしい噂を吸い上げる。

 今日もまた衣装を纏い誘惑をする。

「ああ。噂話をきかせてください」

「じつはな――」

 男と女の駆け引きは深まり、漆黒になっていく。


 娼館の入り口には今月の売り上げた額が提示されている。

「まぁ、あの方かなりのお金を積んでくださったのですね」

 嬉しいわとニヒルな笑みを浮かべる。

 男は彼女のお気に入りではない。

 しかし噂話を沢山聞かせてくれるので上客の一人だ。

「なにかお返しにいい話はないかしらねぇ」

「ほらほら。サボるんじゃないよ。とっとと客をとりな」

「待ってくれたっていいじゃないのさ。今日は売り上げ一番なんだよ」

「一番がサボったら他モノまでサボるじゃないか。勤勉実直に仕事をしな」

「はぁい」

 経営者の前では蝶は無力だ。経営者はまるで暴風のようだ。次々と客をあてがっていく。

「今日はこの方か。話がはずむといいが」

 無口な旦那だ。爵位持ちの稼ぎ頭だという。家に帰ればそれなりの令嬢が待っているだろうに。それでも女を買うことを辞めない。

(男の性か。厄介なもんだね)

「旦那様、なぜ女をかうのです? 屋敷に戻れば夫人が待っているのではありませんか?」

「嫉妬してほしいんだ」

 珍しい動機である。

「娶りはしたが、妻は買い物に夢中でね。どうにか関心をかいたくてこちらに世話になっている」

「きっと奥様は気づいてらっしゃいますよ」

 自分の香水はきつめにつけている。帰りがけの旦那様に会えばわかるほどに強烈にしている。

「帰りに会ったのだが、何も言われなかったな」

「奥さまも動揺なされているのでは」

「そうかな。そうであってほしいな」

 勤勉実直そうな方だ。こんな方まで夜に繰り出すのかと驚くものだ。

「今日は話相手になってもらえるか」

「もちろん。わたくしでよろしければ」

 こんな風に悩み相談になることもないことはない。

 悪女の彼女に相談して事態が良くなればいいのだが。

「今日はありがとう。また何かあれば頼みます」

「こちらこそ」

 きっと彼はもう来ない方がいい。遊び方を知らない殿方を返すのも蝶の役目だ。

「今日は疲れたわ。早く休もう」

 そうして休息を求めて羽を休めるのだった。

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悪役令嬢は後世で悪名を知る 朝香るか @kouhi-sairin

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