第4話 脱出するには
☆☆☆
結局、半年ほどいる羽目になった。
執事の段取りが悪かったり、
婚約者の男性が自由をくれないということがおこり、
何かと活動できにくい日々が続いていたからだ。
一番近い娼館を見つけることにすら時間がかかったし、
地図すら手に入らないのだから困ったものだ。
それでもこの生活は嫌だった。
諦めることなく情報を取りに行った。
1人の娼婦が出入りする場所を見つけた。
「ここで働きたいのですが、どうしたらよいですか?」
「あなたが、ねぇ」
上から下までなめるような視線を送られた。
商品になりえるかどうか値踏みされている。
娼婦だと思っていたが経営に口を出せるほどの上の立場であるようだ。
「身なりを整えればそれなりに売れそうね」
「すいてくださる殿方がいればよいのですが」
この時代、女性が生計を立てようと思うと娼館は妥当な選択肢として許容されている。嘲りはあるものの、
長続きするようであればきれいな女性として羨望のまなざしで見られることもある。
「機会はあると思うわよ」
「いいんじゃないかしら。
貴族のごたごたには干渉できないから夜逃げしていらっしゃい」
「はい」
彼女と知り合えたことは大きい。
☆☆☆
手筈は整えた。あとはばれないように遂行するだけ。
「ねぇ、その道で本当にいいの?」
「あなたは?」
「シャーロット。魔法使いよ」
「もう一回いってくれる?」
「だから、この世界で追われる立場のあの魔法使いだって」
この世界では魔法を使えるというものは異端者とよばれ、迫害の対象だ。
「あなたの状況を変えてみてもいいんだよ」
「それは――どんな魔法があるのかしら」
「お金持ちになる魔法とか? 家事をしなくていい魔法とか」
「教えてくれる?」
娼館という道よりも侮蔑の対象になっている道の方が、このまま維持するなら魔法があった方がいい。
「ちなみに娼婦になったら使えないよ。少なくとも私は教えないよ」
「そう」
半年居たら、少しだけ情が移った。
「魔法教えて」
「いいよ」
☆☆☆
「こんなにもあるのね」
魔法で書物をたくさん出してきたシャーロット。
こんなにも勉強しないとならないなんて聞いていない。
「まだまだ、私の弟子なんだからこれくらいでめげないでよね」
「はい」
魔法のルールはたくさんある。
このままで、彼を豊かにする方法を考える。
爵位としては一番下。
だから、この序列でできること。
靴磨きの修行をしていくこと。
もちろん侮蔑の対象であることに変わらないけれど。「女の身ですることかしら」
「出来るとは思う。けれど周りがどう思うだろう」
夫に相談する。
「出来るわけないだろう。殴りかかるやつだっているんだ。馬鹿なことを考えていいで食器洗いでもしていてくれ」
「食器洗いならすんでいます」
「何だと?」
「洗濯も済ませてあります」
「驚いた。君はそんなに仕事が早くなっていたのだな」
「ええ。慣れましたので」
本当は魔法を使って家事を済ませたのだ。
残りの洗い物もサッと済ませる。
慣れたのは本当だ。疑わせることもなく洗い物を片付ける。
だけれども、この力を磨いていたら何年もかかってしまう。
「では、自室に下がらせていただきますわ」
「ねぇ。シャーロット。不老の術はないの?」
「不老に見せることならできるわ」
「本当? 何が必要なの」
「あなたの魂をこの世に縛るわ。ずっと苦しむことになるって言われているけれど私は見たことがないから知らないのよね」
「へー」
「不老。興味あるの」
「あるわ。やってもらえないかしら」
「あなたの態度次第ね。不老になったからといって態度を変えられると困るし」
「そんなことしないわ。あの方に忠誠を誓うと決めたのですから」
「本当に?」
「本当に」
「なら、仕方ないわね。後悔しても知らないわよ」
「ええ」
シャーロットは魔法をかけた。
「これで不老になったの?」
「実感がわくのは早くて10年後ってところね」
「ふーん。じゃあ、私は行くところがあるから」
「行くところって」
「これから私が生きる場所に決まっているでしょ」
「あなたの場所はここだって」
「そんなことはないわ。不老になったのならたくさんの手段がありますもの」
「魔法を教えてくれてありがとう」
彼女の悪女っぷりは変わってはいなかった。
彼女は足取り軽く目星をつけた娼館へ足を運んだのだった。
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