第3話 一斉ボイコット

 屋敷のあるじの娘に嫌気がさしてきている。


 面倒を見る女性の使用人は屋敷の主人の紹介で散りじりになっている。

 傲慢で嫌がらせの多い娘に仕えたくはないそうだ。


 こうなると噂にもなる。

 あそこの屋敷の娘は性格が悪いらしいと。

 もちろん婚約の話さえでてこない。

 彼女は美しい容姿を持っている。

 そのはずなのだが、美容にばかり目が行ってほかのことに興味がない様子だった。

 使用人たちは声をひそめて噂をする。

「彼女のお世話はちょっと」

「ねぇ」

「ルリア様ならよかったのに」


 屋敷のあるじであり、娘の父はなぜと問う。

 両親には性格の悪さは見せないようにしているらしい。

「定時に準備しているのに、物を投げられたり、それではないといわれたり」

「毎回のようですし」


「申し訳ないのだけど、屋敷の一日の流れが狂うのよね」

「確かに。そうですわね」

 屋敷のあるじの娘の機嫌によって、

 右往左往させられるのは屋敷の品位にもかかわる。


「ああではないの、何度言えばわかるのかしら?」

「こうではない。何回目なの。使えない子ね」

 立て続けに何度も何度も言われれば、嫌気がさすのもわかる。

 屋敷のあるじは信じなかった。

 

 幾人もの女性使用人が証言したことで、彼女らの言葉を信じることにした。

 希望の屋敷に紹介状を書いてあげる。

 残った使用人は男性だけだった。


 結局、屋敷のあるじの娘はひとりで放り出されることになった。


 ☆☆☆ 


「私のどこがいけなかったの?」

 わたしだって若くて魅力的ではあるわ。

「君は何を見てきたんだ?」

 両親はあきれてものを言えないようだった。

「だって私にだっていい縁談があるはずよ。お父様」

「あることはあるが、いい縁談かどうかは君が決めるんだな」

 今の時代、女性は一人で生きていけないから縁談がすぐに決まるものだ。両親が擁してくれた縁談は1つだけ。だから彼に嫁ぐことが実質的に強制となる。


 実家よりもさらに古くて汚い。

 人を雇う余裕は感じられない。

 屋敷のいた男性は身なりはきちんとしていたが、こちらに氷のような視線を送ってくる。

「あんたが使用人をいびっていたって噂の女か」

「ええ」

 隠すこともしないし、恥じる様子もない。

 なぜこんなに冷えた目をしているんだろう?


「わたくしはどうしてこんな扱いを受けているの?」

「ありえなくないですか?」


「ありえない振る舞いをしたのはあんただろ?」

「あんたみたいな女を迎えなければならないこっちの身にもなってみろよ」

 彼は心底迷惑そうに言った。

「じゃあここで生活してみろよ」

 

 あてがわれたのは掃除がかなり必要な部屋。

 屋敷は元から綺麗とはいいがたいが、生活しろと言われた場所はさらに汚い。


「確かに私は性格が悪いかもしれないわ。若い女性をこんなに邪険にするなんて本当にひどい」

「あんたは自分のことばかりだな。食事は出してやるからしっかり自分の行いを反省するんだな」

「……はい」

 不満しかないが、それを言っても状況はよくなりそうにはなかった。 あここを出て1人で生きていく。


 女が1人で生きていくには娼館に行くしかない。


 けれど、そしたら今の生活には二度と戻れない。


 娼婦として生きていることは怖かった。


 でもこれしかない。


 婚約破棄が頭をかすめる。

 こんな生活は嫌だった。


 だって汚いものを触るなんて本当に嫌気がした。

「ベッドだって、こんなに汚い……」


 今までは最上級のベッドであったから。

 とりあえず、1晩は我慢しよう。


 寝れるくらいにはベッドを拭き、洗えるものは洗って干す。

 幸い、天気がいいからすぐに乾くはず……


「ここもですの?」

 手入れが行き届いていないのは全体で物干しざおにツタが絡まり、

 よくわからない小さな虫が行列を作っていた。


「こんな場所で干して、きれいになるのかしら」

 

 彼を思い出す。

 

 こんな場所でどうやって彼は生活しているのだろうか?


「そんなことどうでもいいですわ」


 こんな貧乏な生活をしたくない。

 

 できることなら元の生活に戻りたい。

 頭を再度かすめる――婚約破棄。


 結婚する前に婚約すら、

 破棄してしまえばこんな思いをしなくて済むかもしれない。


 2.3日はここにとどまれるくらいのきれいさにはなった。

「あとは食事ね」


 使用人は男性1人だけのようだった。

 使用人の男性はかなり高齢のように見える。


「私が作るしかないのかしら?」

「ええ。よろしくお願いいします。坊ちゃんの世話で手いっぱいですので」

「そう。わかったわ」


「慣れたならお坊ちゃんのお食事もお願いしたいんです」

「ちょっと。私料理なんて」


 老人は丁寧に頭を下げる。


「お願いいたします」

「……わかりましたわ」


 すぐに婚約破棄とはいかないようだった。


(この分ではここら辺の道の地図といい……

 娼館までのいき方を確認するまでは我慢したほうがよさそうね)




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