学校の怖い話『金縛り』

寝る犬

金縛り

 霊感なんかぜんぜん無くて、心霊スポットとか行っても寒気すら感じない俺だけど、一度だけ、恐怖体験をしたことがある。

 今日はその時の話をしたい。

 それは俺が小学生の頃の話。


 ◇ ◇


 待ちに待った修学旅行で、旅館に泊まった時のことだ。

 大人と違って、ご飯を食べて温泉につかったらもうやることもない。

 六人の班ごとに一部屋を割り当てられてたんだが、当然ながら適当な部屋に集まってバカ話しながらだべっていた。

 21時ころに先生の一回目の見回りがあって、一度は部屋に戻る。

 それでも、三々五々部屋を抜け出しては、男女関係なく夜中までこっそり話をしてた。


「みんなさ、アレの時ってどうしてる?」


 大きなテーブルを立てかけ、そこに布団をかぶせた即席の秘密基地の中。

 隠し持ってたスマホの明かりの中で、クラスでも結構かわいいと評判のAちゃんが声を潜めて切り出した。


「アレって?」


 なんだかわからないけど、ちょっとエロい話を想像した男子が聞く。

 俺も興味津々で身を乗り出した。


「アレってアレだよ。夜中に体が動かなくなって、周りを色んな人が歩き回るやつ」


「……なにそれ、こわ」


 さも「よくあること」のようにAちゃんが切り出したのは、ヤバげな霊体験だった。

 俺も、一緒に話を聞いてた数人も一気に引く。


「それって『金縛り』ってやつじゃない? 心霊体験じゃん」


「え? みんなあるんじゃないの? アレ」


「いや、ないよ普通」


 小さなころからかなり頻繁に同じ体験を繰り返しているAちゃんは、親にも相談したのだが、「子供にしか見えないもので、悪いものじゃないから気にしなくていい」と言われて「そんなものか」と納得していたらしい。

 ただ、最近は回数も増えてきて、週の半分は夜中に体が動かなくなる。

 しかも周りをぐるぐると回るだけだったが、体に触れてくることも時々あって「いやだなぁ」と思っていたのだとか。


「大人には見えないって言ってたから、お泊りの時にみんなにどうしてるのか聞こうと思ってたんだ」


 そういわれても、誰もそんな体験をしていない。

 Aちゃん以外の全員で顔を見合わせるだけで、何も言ってあげることができなかった。


――ガラッ


「おいこら! 自分の部屋に戻って早く寝ろ!」


 見回りの先生が来た。

 男子の部屋に来ていたことがバレるのを恐れたAちゃん、それとスマホ持ち込みの発覚を恐れた俺は、秘密基地からこそこそと押し入れに移動して身を潜める。

 そのほかの数人が「は~い」と返事をして立ち上がり、部屋に戻っていくのを確認すると、先生は電気を消して扉を閉め、次の部屋へと見回りに行った。


「思わず隠れちゃったけど、どうする?」


「今出て行ったら先生に見つかるかも」


「だよね。じゃあ少し時間つぶしてから戻ろう」


 こそこそと話す。

 今まで意識したことはなかったが、狭い押し入れの中に女子と二人っきりで隠れている状況に、俺はドキドキしていた。

 遠くで「早く寝ろよ~」と言って回っている先生の声と、見つかってキャーキャーはしゃぐ友達の声がしばらく続く。

 真っ暗な押し入れの中、黙ってそれを聞いていたが、やがてそれも聞こえなくなった。

 静かになってからも、しばらく息を殺して待つ。

 ドキドキがそろそろ限界に達した俺は、ふぅっと息を吐いた。


「Aちゃん、そろそろいいんじゃない?」


 声をかける。

 しかし、帰ってきたのはかすかな寝息だけだった。


「……え? もしかして寝ちゃった?」


 スマホの電源を入れる。

 暗闇に浮かび上がったAちゃんは、押し入れの布団に寄りかかって眠っていた。

 同級生の女の子の寝顔なんて初めて見た。

 小学生なのでエロい知識はほとんどなかったけど、それでも、なにかいけないものを見ている感じがして、俺のドキドキは一つレベルを上げた。


――ミシィ……


 俺とAちゃんの間で、押し入れの床がきしむ。

 一瞬そこに青白い足が見えた気がしたが、突然スマホの電源が切れ、押し入れの中は真っ暗になった。


――ミシィ……ギッ……ミシィ……


「うぅ……う……ん」


 床のきしむ音とAちゃんのうなされる声。

 もしかしてこれって、金縛りなんじゃ?

 ドキドキと火照っていた体は、一気に冷水を浴びせかけられたみたいに血が引いた。

 押し入れのふすまを開けようと伸ばした手に、なにか冷たいものが「がっ」とまとわりついた。


『誰だお前』


 耳元でしわがれた声がする。

 はぁぁぁっと吹きかけられた息は冷たくて生臭く、俺は頭がくらくらするのを感じた。

 突然押し入れのふすまが開き、薄暗い部屋の明かりが差し込む。

 常夜灯の小さな明かりも、真っ暗な押し入れに居た俺にはまぶしかった。


「顔色悪いな、大丈夫か?」


「え……あ、うん」


 手の感触も声の主も消えていた。

 とりあえず返事をして明かりになれるまで目を細めた。


「もう先生いなくなったよ」


「ほんと? じゃあわたしも部屋に戻るね」


 さっきまでうなされていたはずのAちゃんが、何事もなかったかのように立ち上がり「じゃ、バイバイ」と歩いていく。

 俺も後を追うように立ち上がり、嫌な汗を体操着の袖で拭こうと腕を持ち上げた。


「ケガしてんじゃん、ほんと大丈夫か?」


 友だちに言われ、自分の腕を見る。

 そこには細い指で強く握られたように、赤紫色のみみずばれができていた。


 ◇ ◇


 その後、Aちゃんとは普通に挨拶する程度で、とくに仲良くなったりはしていない。

 というより、ビビった俺が避けていたというのが本当のところだ。

 みみずばれも修学旅行が終わるころには消えていた。

 今でも時々思い出しては、しわがれた声と手の感触に鳥肌が立つ。

 俺の唯一の恐怖体験なんだけど、アレはいったいなんだったんだろうな。


――了

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学校の怖い話『金縛り』 寝る犬 @neru-inu

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