第30話 『銀の鍵のエレジー』 鐘古こよみさん

〇作品 『銀の鍵のエレジー』

 https://kakuyomu.jp/works/16817330652936969622

 

〇作者 鐘古こよみさん


【ジャンル】

 詩・童話・その他


【作品の状態】

 完結済。2万字程度。


【セルフレイティング】

 なし。


【作品を見つけた経緯】

 こよみさんの作品をまた読みたいなぁと思ったところ、タイトルに引かれて読んでみることにしました。


【この作品を一言で表すと】

 姉妹とピアノのお話です。


【作品概要】

 皆さんは、兄弟・姉妹はいるでしょうか。

 兄、弟、姉、妹……。一人っ子の方でも、従兄弟いとこ(従姉妹)の存在や、近所に住んでいる年の近い子たちが、兄弟に近しい関係になることもあると思います。


 常に彼らと仲良くできたらいいですが、上手くいかないこともありますよね。それに年齢が近かったり、自分はもちろん他者から見ても比べられてしまう相手となると、葛藤が生まれがちです。


 特に、弟や妹は、年上の兄・姉と違ってまだできないことがあるものです。それなのに、親に比べられたり、周囲の大人に比べられたり。そして、そういうものを敏感に感じ始めてしまうと、いつの間にか自分自身も比べてしまい、「何でできないんだろう」と思うこともあるのではないでしょうか。


『銀の鍵のエレジー』では、その葛藤が上手く描かれています。

 主人公は、中学生のさほり。

 さほりには姉・しほりが一人いるのですが第1話のタイトルにもあるように、彼女は姉が嫌いなのです。何故か。もちろん比較されてしまうし、自分でも引け目を感じてしまうから。


 姉のしほりは、見目も可愛らしければ、勉強もできるし、性格も良い子。さらにピアノの演奏も上手。年子ということもあるせいか、なおのこと気にしてしまうさほり。


 でも、姉にはできなくてさほりにできることがありました。

 それは家のピアノとお喋りできること。……といっても、これは姉だけでなく彼女の他の家族も、友人も調律師でさえもできないことのようなので、さほりだけが特別なのですが。


 さほりはそのピアノに、名前を付けています。

 彼女は「鈴木」(鈴=ベル)という苗字で、その家にあるピアノ(鍵盤=キー)だから「ベルキー」。可愛らしいですよね。


 ベルキーはグランドピアノなので、上品な話し方をしそうですが、意外にも砕けた調子で話すお兄さんのような感じ。


 さほりはベルキーにピアノに関することはもちろん、姉のことや、同級生の子の話などをします。ベルキーは、ちょっとツンケンな感じの返し方をするときもありますが、大人の読者が読めば、ベルキーはいつでもさほりのことを考えているんだなと思うような受け答えをしてくれていると、きっと思うことでしょう。


 さて、姉が嫌いなさほりですが、ある日、同級生の久壁君から「鈴木さんち(=さほりの家)で、ピアノの練習をさせてくれないか」という相談をされます。久壁君は、クラス対抗の合唱コンクールで伴奏を担当することになっているのですが、その自由曲が昨年しほりが演奏したものと同じものだったのです。


 しほりの演奏は高く評価されていて、先生から「しほりにアドバイスを受けるように」と言われていたため、彼女に教えを乞おうとしたのですが、学校の事情で音楽室が使えなかったため、家に行かせてほしいとお願いされたのでした。


 断ることができないため引き受けてしまうさほりなのですが、もやもやとした気分になります。何故そんな風に思ったのかについては後で分かるのですが、それは本編で是非ご確認いただき、さほりとベルキーがどんな会話と、彼女の心の成長を見守っていただけたらなと思います。



【注目して見るといいかも!】

 この作品では、しほり、さほり、久壁君の三人がピアノを弾きます。

 

 演奏というのは、同じ曲を誰が弾くかによって変わったり、誰に向けて弾くかや、心情の変化によっても変化するものです。


 この作品では、その辺りのことも音楽が詳しくない人でも分かりやすく描かれているので、彼らが弾く演奏の表現にも注目するとそれぞれの性格や心情の変化が分かり、よりキャラクターが捉えやすくなるかなと思います。



【感想】

 人は、つい誰かと比べがちです。


 人々が求めているものを具現化できる人や、大抵の人ができないことをやってのける人だけに価値があるように思えてしまうために、そう思うのかもしれません。


 実際、そういう人にお金を払う仕組みがある(=お金を生み出す)ので仕方のないことなのかもしれませんが、自分が何かをする分には、本来そんなことを気にしなくていいはずですし、人それぞれの良さがあります。


 でも、人々はできる人のほうを向いてしまう――「できる人」を言い換えれば、「自分の理想」や「憧れ」ともいえるかもしれません――ため、「自分もそうならなければ」と考えを固定してしまったり、「自分もそうなれたらいいのに」とうらやましくなってしまったりしてしまいます。そして上手くいかなければ、批判をしたり、ついへそを曲げてしまう。

 学校に通う時期である思春期であれば、なおさらでしょう。


 さほりはまさにその、ちょっとしたへそ曲がりなところがあります。そして、その原因になったのが姉でした。

 年子の姉妹ということもあって、距離が近い分、きっとずっともやもやとした気持ちを抱えていたんだろうなということが、作品を読むと分かります。


 でも、だからといってしほり自身も何も悩みがなかったわけではありません。彼女は彼女なりに悩んではいたのですが、さほりはそれを聞いたり見たりする余裕がないですし、知りたいとも思っていませんでした。

 相手に対して批判や反抗する気持ちがあるときは、どうしてもその人の本音を聞くことは難しいものです。


 ですがさほりの場合は、その姉の悩みを「ベルキー」と久壁君の存在を通して知り、そして理解する機会を得ることができるのです。


 この部分を読んだときは、さほりはよい機会を得たなと、読者の一人として本当によかったと心から思いました。


 それからこの物語の中で重要なキャラである、グランドピアノの「ベルキー」。彼は本当にいいポジションにいるなと思います。「ベルキー」は口がいいとはいえないんですけど、聞き上手です。

 そのためさおりは、先生や親、同級生にもいえないことを、「ベルキー」にぶつけます。


 気持ちをぶつけられる相手がいるっていうのはいいですよね。

 もちろん誰かに言うことだけが解決になるわけでもないのですが、話しているうちに考えが整理されていきますし、ふとしたときにその存在が助けになってくれます。


 さほりの場合「ベルキー」だったわけですけど、でも「ベルキー」にとってもさほりは特別でした。何故なら、「ベルキー」の声を聞くことができたのは、さほりだけだったから。お互い、持ちつ持たれつだったんですよね。二人の掛け合いが素直さがあり、それを読んでいるとさほりと「ベルキー」のいい相棒だったんだなと思いました。


 タイトルにあるように、最後は悲しいこともあるのですが、さほりが前に進もうとする姿が見える、爽やかな終わりになっています。

 気になった方は読んでみてはいかがでしょうか。 



 今日は『銀の鍵のエレジー』をご紹介しました。

 それでは次回、またお会いしましょう。

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