予定調和の浅瀬 🐟
上月くるを
予定調和の浅瀬 🐟
本気で作家になりたいと思うほどの気力を持ち合わせたことは一度もなかったが、とりあえずいま読む本を探すため書店へ出向くと、平積みの人気本が嵩張っていた。
――ふうん、
いまをときめくベストセラーといえば、水戸ご老公の印籠のようになっているが、よく考えてみれば(みなくても(笑))マジョリティの尺度に合わせたということ。
もっとも層の厚いところにピタリと照準を合わせればモレなく売れるのは道理で、その上でも下でも価値観や感じ方が異なるマイノリティは、まるでお呼びじゃない。
ひょっとしたら作家自身が雑魚なのか、それとも本当は巨大な回遊魚なのに雑魚を装っているのか知らないけど、どっちにしても、ま、そういうことだよね~。('ω')
ここだけの話だが、憂うつな日はポップのキャッチが癇に障り「雑魚は雑魚同士、予定調和の浅瀬で仲間褒めし合ってなよ!!」冷視線を飛ばした(笑)こともあった。
🏞️
この方は決して自らマジョリティに擦り寄るような無様には靡かれないだろうねと直感的に信じられる作家に巡り会えることは、本の旅人にとって最高の喜びである。
(ひそかに期待した作家に裏ぎられると、美しくない所作が残念でならなかったが、ジョージアの天才ピアニスト少年、ツォトネ・ゼドギニゼくんのドキュメンタリーに度肝を抜かれたら、すっと熱が引いたように、☆才はどうでもよくなった。(笑))
――こいつらを自殺者の子供にしたくないと思いつめた、ともに小学生だった二人の息子たちもいまは家を出ているし、彼らの学費は死亡退職金で何とかなりそうだ。妻は死亡保険金と遺族年金で食っていけるだろう。 (中略)
「そういうせこいことばっかり考えてるから、病気が治らねえじゃねえかい」
「とにかく育ちが貧しかったもんで、許してくれよ」 (南木佳士さん『海へ』)
飄々と曝け出されたことが一時のわが身に重なったりすると、卓の本にうつむけた身体の奥の奥のほうから、わっとばかりに大量の水が噴出して来て、頬が熱くなる。
――薬を飲むと短時間の内に意識の輪がせばまってきて、最後はカメラのシャッターが閉じる寸前のピンポイントまでに縮小された雑念がすっと消え、眠ってしまう。(中略)パニック障害の症状が最悪だったころは、家からわずか十歩離れただけで、孤独感などと聞こえのいいものとはまったく異質な、独りある希薄な事実のあまりの軽さへのたまらない不安感に捕らわれて立ちすくんでしまったものだった。(同書)
そうだった、医師家系の生まれではなく、その真逆の半生を生きて来られたのだ。
それゆえに書かずにはいられないキチキチの堅い想念が、この作家を支えている。
熟読のあまり、当の本人より生い立ち&その後の半生を知っているかも知れない。
熱めの湯船ぐらいの大量の潤みが、かたまりで押し寄せて来る。(´;ω;`)ウゥゥ
当惑してカフェの窓の外に視線を移すと、数か月前の都会の夕景がよみがえった。
イベントの帰路、ハブ駅に急ぐタクシーの車中で交わした地方紙役員氏との会話。
🌇
ああ、やれやれよかった~、楽勝で間に合うね、あの特急逃したらアウトだから。
自分も明朝一番に役員会があるんで、どうしても泊まれないんですよね、今夜は。
さすがに疲れたわ、朝七時からいままで活動しっぱなしなんて、久しぶりだから。
お元気そうですけど、たしかおれのおふくろぐらいの年齢でしょ? ヨウコさん。
まあね。ねえ、思わなかった? イチイチ日本語に訳してくれなくていいよって。
ふふ、なにをするにも英語と二本立て、倍の時間がかかるわけですからそりゃあ。
あらら? こんなところにD社があるって知ってた? ほら、自費出版で有名な。
ええ、うちにもしょっちゅう送られて来ますよ、記事依頼用に、毎月何十点もね。
なんか懐かしいな~、現役から隠遁して数年になるけど、社会は動いてるんだね。
そりゃあね。息子らの教育費に追われる自分なんか、干上がったら大変ですから。
はやっ、もう☆◇駅が見えて来た……しばらく見ないうちに、老けたよね、駅舎。
そうかも知れませんね、人だって、何年も会わないでいると一気に老けますから。
かつてはこのスタジオでタレントの生放送が人気だったけど、うそみたいに空疎。
あのころは日本も壮年期だったから、花の都の名残りがありましたよね。(*''ω''*)
🚆🌟🪟🚿
朝七時前に家を出て、帰り着いたのは午後十一時過ぎ……活動しっぱなしの一日。
これもまた予定調和といえばいえなくもない義理と人情に絡め取られた十六時間。
予定調和の浅瀬 🐟 上月くるを @kurutan
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