売られた花嫁(その47)

「MIKIさんは、首を吊られても苦しそうな顔はしていなかった。吊り下げられる前に睡眠薬で眠らされたか・・・」

「大いにあり得ますね。よりによって辻本氏とかりそめの結婚式を挙げたチャペルで殺されるとは・・・」

可不可は何の感情も込めずに言った。

「木下社長が三か月前に夫人と離婚していて、すぐにじぶんと再婚できると知ったMIKIさんは談判に行った。だが、話し合いは不調に終わった。案外、社長夫妻の離婚のことを教えたのは秘書の内海嬢かもしれない。その罰として、内海嬢は地下鉄で突き落とされて轢死した。やったのは木下社長だろう。あるいは、内海嬢とも結婚の約束をしていたのかもしれない・・・」

ここはフリーディスカッションの場と割り切っていたので、妄想でも推論でも何でもありだ。

可不可も、もはや、証拠とか肩ひじ張ったことは言わなかった。

「案外、目黒の自宅マンションで令夫人も交えて話し合ったのかもしれません。それで、今夜結婚式を挙げようとか言いくるめて、チャペルに連れて来た・・・」

などと、可不可にしてはめずらしく当てずっぽうを口にした。

「チャペルの前の植え込みに、眠らせたMIKIさんを横たえて隠し、首に巻いたロープをチャペルの尖塔に渡して裏庭の電動ウインチにセットした木下社長は、すぐに車で立ち去った。午前零時すぎにウインチのスイッチがオートオンしてMIKIさんはチャペルに吊り上げられた。・・・等々力の成瀬氏殺しといい、蒲田の辻本氏殺しといい、われわれは、木下社長のアリバイ作りにとことん利用された。まったく甘く見られたものだ」

今さら憤慨してもせんないことだが・・・、

「電動ウインチで午前零時前に吊り上げたのはまちがいありません。ですが、オートタイマーはないです」

可不可が口をはさんだ。

「いや、ちょっと待てよ、オートタイマーとがどうのこうのと言う前に、電動ウインチとやらは教会の裏庭にはなかったよね」

じぶんで電動ウインチなどと言っておいて、それを否定するのも変だったが、

「いや、教会の裏庭のフェンスを乗り越えて電動ウインチのスイッチをオンにしてMIKIさんを吊り下げ、ロープの端を鎖で木立に縛りつけてから、電動ウインチとバッテリーを持ち去った共犯者がいます」

可不可は自信たっぷりに言った。

「そのスーパーマンは、機材などは池に捨てたのかな」

その推理に付け加えるように言うと、可不可は大きくうなずいた。

「MIKIさんの携帯でその画像メールを午前零時にわれわれに送ったのもその共犯者か。携帯も池に投げ捨てた」

うなずいた可不可は、

「・・・等々力の件では、千葉にゴルフに出かける前に、宅配便の業者に変装した木下社長が発火装置を持ち込み、成瀬氏を縛り上げた。・・・そして、3時間後に合鍵で入った共犯者が火を点けました」

話を成瀬氏殺しに振り向けた。

反論しようとしたが、喉が詰まってことばが出てこない。

「木下社長は、蒲田の辻本氏宅で、死にたいと言う辻本氏を台所の梁から首を吊るのを手伝い、足元の段ボールに発火装置を仕掛けた。これは裕史さんのアイデアを拝借しました・・・」

可不可は、雇い主に花を持たせる心遣いをしたようだ。

「木下社長は鍵を掛けないで出たので、9時過ぎに、共犯者はやすやすと家に侵入し、辻本氏の足元の段ボールに火を点けることができました。辻本氏は、足元の段ボールを蹴ればいつでも死ねたのでしょうが、いざその状況になると、急に死にたくなくなったのかもしれません。2時間近く仮死状態で吊り下げられてもがいていたことになります」

「それで共犯者って?」

「裕史さんにはお気の毒ですが・・・」

わざと冷淡に言う可不可の顔には、感傷のかけらもなかった。

・・・可不可の感情の学習は、まだまだ未達のようだ。

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