売られた花嫁(その39)

「夫人が15時にやって来ることを犯人は知っていて、タイマーだかリモートの時間を14時50分に合わせていたか、・・・あるいはセンサーをセットしておいた。成瀬氏の放火殺人を夫人にどうしても発見させたかったからだ。それで、夫人は犯人ではないということが分かる」

可不可は、今度は私情のことは何も言わず、

「では、どうして、夫人にその時間に放火殺人を発見させたかったかです」

と、うまく話を本題へもどした。

「その時間に放火殺人を夫人に発見させて、アリバイを確実なものにしたかったのと、夫人へのメッセージだろう、・・・しっかり悪党の死に様を見届けろ、と。犯人には、ふたつの強い動機があった。ひとつは奥さんを差し出して金を借りた記録のある帳簿類を燃やすこと。もうひとつは、夫人を寝取られた屈辱の恨みを晴らすこと」

と、成瀬氏の放火殺人のレヴューの結論を言うと、

「お互いに、犯人は分かっていて、レヴューはその確認でしかなかったということですね」

と、可不可は、大きくうなずいた。

「この結論に異論はある?」

とたずねると、

「異論?・・いえ、ありません。ただ、すべてが推測です。このまま裁判に入れば証拠不十分無罪です」

と、当たり前のことを口にした。

「何も告発しようというわけじゃない。捜査をして証拠を集め、逮捕告訴するのは警察の仕事だ」

こちらも当たり前の返事をした。


「自殺を装って放火殺人した辻本氏の事件の方のレヴューは、裕史さんにお願いします」

可不可は、辻本氏の事件にはあまり乗り気ではないようだった。

「こっちも仕掛けは同じだろう。仲裁に呼びつけられた木下社長は、MIKIさんをいったんホテルに連れ出しておいて、辻本宅にもどって自殺ほう助を装って、辻本氏を二階の台所の梁からぶら下げた。踏み台の段ボール箱の上に辻本氏の両足を乗せて、その段ボールに時限爆弾だかリモートの発火装置をセットして辻本宅を出てホテルにもどった」

可不可を見ると、先を進めてくださいというような顔をした。

「9時15分すぎに時限発火装置が起動したか、あるいはホテルの部屋からリモートで発火させた。踏み台の段ボールは燃え尽きてつぶれたので、哀れ辻本氏は首吊り状態になって窒息死した。同時に火は台所を焼き尽くしたので証拠は残らない。この発火装置は成瀬邸と同じ手を使った。ただ成瀬氏のケースとちがうのは、辻本氏が自殺したように装ったことだ」

ここまで事件のレヴューをすると喉が渇いたので、コーヒーを飲んでひと息入れた。

可不可が、何も意見を言わないので、

「もちろんこれは推論でしかない。警察は自殺説に傾いているようだし・・・」

と、可不可が推論と言い出す前に、みずからそれを認めた。

「動機はどうです?」

可不可は、ぽつりと言った。

「ああ、動機ね。・・・MIKIさんを花嫁に売った証拠隠滅だか、口封じかな。警察が、自殺ではなく他殺と見れば、疑いがMIKIさんに1億円保険金殺人の疑いがかかるように仕向けることもできる」

と答えたが、可不可は、ただあいまいにうなずくだけだった。

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