売られた花嫁(その36)
所轄署の泉田刑事から電話があった。
MIKIを轢き殺そうとした車を割り出したので、話に来ないかとの誘いだった。
さっそく残暑の厳しい午後の道をだらだらと駅むこうの警察署へ歩いた。
「他に調べることがあってね」
相談室のスチールデスクに向かい合って座るなり、すぐに着手できなかったのを率直に謝る泉田に好感を持った。
あの夜、駅前の道でMIKIを轢こうとした車は白ナンバーで、借主は内海遥加で、MIKIの下着を奪った浪人生が殺された夜、あの通りで記録されたレンタカーを調べると、こちらも借主は内海遥加と判明した。
「偶然ではないね」
泉田は、きっぱりと言った。
内海遥加が、MIKIの勤める歌舞伎町のキャバクラのお客で映像制作会社の社長の秘書だと教えると、
「MIKIというホステスが、その社長の愛人ということは分かるが、社長秘書も愛人ということですか?」
「それは知りませんでした。でも、MIKIさんは、木下社長に奥さんがいるのを知りながら、社長と結婚すると公言しています。秘書の内海さんも愛人だとすると、辻褄は合います。これは、社長の妻の座をかけた愛人同士のバトルです」
はからずも、木下社長の乱倫ぶりを語ることになった。
「ああ、そういえば内海さん髪は長いですね。車から降りて、MIKIさんのあとをつけて、鈍器でなぐりつけた。それを見られたと思った内海さんは、下着を奪った浪人生を追ってアパートに入り込み、同じ鈍器で殴り殺した。あとは下半身を剥き出しにして細工をして逃げたが、あわてていて灯りを消すのと扉を閉めるのを忘れた」
そんな見立てを言うと、
「顔写真を手に入れてアパートの住人とか見せれば目撃者が見つかるかもしれません」
泉田刑事が、年下の友人に語りかけるような口調で答えた。
「MIKIさんは、被害妄想狂かと思うほどライバルに殺されるのを異常に恐れていました。少なくとも、内海さんと木下社長夫人のふたりは、MIKIさんに敵愾心を持っていたのは確かです」
と口を滑らしたついでに、木下社長の仕事上のパートナーの辻本に妻として売ったが、MIKIは木下社長と結婚するつもりでいると教えると、
「木下社長はどうなんですか?」
と泉田がたずねた。
「これだと重婚だか、結婚詐欺になります。いずれも犯罪です」
「木下社長は、奥さんを借金のカタに差し出し、その相手の老人は放火殺人で殺されました。ああ、辻本さんも放火自殺をしました。果たしてそうでしょうか?いずれの事件も、木下社長がからんでいます。社長に頼まれて奥さんの尾行をしたり、MIKIさんの用心棒をしたりしたので、少しは事情に詳しいです。お話しましょうか?」
木下社長には都合よく使われた恨みがあるので、恨みを晴らしをしてやろうという気持ちが少なからずあった。
それを聞いた泉田は、
「ちょっと、じぶんひとりでも何なんで・・・」
と席を立ち、しばらくすると、刑事課の課長を連れてきて正面に座らせ、じぶんはパイプ椅子を開いて課長の斜め後ろに座った。
ノートを膝の上に広げた泉田と、ダークスーツを粋に着た刑事課長のふたりの警察官に向かって、はからずも、事件について語る破目になった。
木下社長の乱倫ぶりを黙って聞く眼光鋭い刑事課長は、話を促すように、時折小さくうなずくだけで、その顔は能面のようにまったく無表情だった。
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