売られた花嫁(その32)

その夜10時少し前に、MIKIからSOSのメールがあった。

「蒲田の家が火事!」

と短いメールが来ただけで、あとは何の知らせもなかった。

とりあえず車に可不可を乗せて蒲田へ向かった。

蒲田の辻本の家に着いたのは11時をだいぶ回っていたが、火はすでに消え、白い煙が暗い夜空に立ち昇っていた。

辻本の両親が医院として使っていた一階のコンクリートの壁はそのまま残り、二階の木造部分の半分だけが黒焦げになっていた。

大通りから路地に入れないないので、車を降りて歩いた。

非常灯を回した消防車とパトカーが、焼けた元医院の前の道路を塞ぎ、黄色い規制線が張り巡らされていたので、それ以上近寄ることはできなかった。

家の様子を見に可不可を走らせておいて、規制線の前で腕組みして焼け跡を飽かずに見るジャージー姿の老人に、ここに知り合いがいるのだがと話しかけると、

「ああ、ここの跡取り息子が担架で運ばれたが、どうもダメだね、あれは」

と息を弾ませて言った。

「たしか辻本さんは最近結婚したはずですが・・・」

話を向けると、

「あれっ、娘さんかと思ったが、奥さんかい」

と驚いた顔をして、

「パトカーに乗って行ったね」

とこちらを疑わしそうに見つめて言った。

「辻本さんのご両親は長くこちらで診療所をしておられましたね」

「そうそう、かれこれ40年かな」

「でも、辻本さんは跡を継がずに、技術者になられたのですよね」

「そうだったかね」

そんな話をしていると、可不可がもどって来たので、野次馬の老人との話を切り上げて車にもどった。

「二階の床は抜け落ちてはいません。いちばん焼け焦げていたので火元は二階のキッチンあたりです」

火事の現場の詳細を報告する可不可に、

「辻本さんは担架で運ばれたようだ」

と言うと、

「そうですか。消防隊員同志の話では、どうも辻本氏は焼死ではなく、窒息死のようなことを言っていました」

と、素っ気なく答えた。

これ以上現場にいても仕方がないので、所轄署へ向かった。

多摩川べりの所轄署の前の路上には、パトカーとTV局の車が列をなして停まり騒然としていた。

しばらく待ったが、12時を過ぎても、MIKIが所轄署から出てきそうもなかったので、多摩川土手通りから目黒通りに折れて、夜道をひた走り、木下社長のマンションまで行った。

半地下の駐車場には愛車のシルバーメタリックのBMWが駐車し、5階の部屋の窓の明かりは点いていたが、レースのカーテンの向こうに人影は見えなかった。

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