売られた花嫁(その31)

夏の盛りが過ぎようとするころ、目黒の住宅街の中ほどにある小さな池の端の小さなチャペルで、辻本とMIKIのささやかな結婚式が行われた。

列席者は、辻本とMIKIはもちろん、木下社長夫妻と社長秘書の内海嬢とそれにじぶんの6人だけだった。

被害妄想狂のMIKIは、どうしても出席して見守ってほしいと、30万円の用心棒代を銀行振り込みしてきた。

・・・これだと、出席しないわけにはいかなかった。

母親に頼んで、ズボンを少し長めにしたり、ウエストを詰めた死んだ父親の夏のダークスーツを着こんで列席することにした。

花嫁の父親役は木下社長が、花嫁の介添え人を夫人が務めた。

秘書の内海嬢とじぶんと可不可は、花婿と花嫁の参列者席にそれぞれ分かれて座った。

挙式はとどこおりなく進み、指輪の交換の場になった。

神父役の赤ら顔の白人が、

「これは、天国へ入る鍵です」

と言いながら金色に光る小さな鍵を辻本に手渡した。

・・・これは、MIKIが身に着けるている貞操帯の合鍵だろう。

はじめて見る辻本は、技術者らしい生真面目そうな顔をした、頭髪がかなり後退して額をテカらせた武骨な男だった。

年齢は40才にも60才にも見えたが、純白のウエディングドレス姿の若い新婦とはかなり不釣り合いだった。

新郎というよりも、むしろ、新婦の父親役が似合っていた。

顔を赤らめた辻本は、神父から鍵を拝むようにして受け取った。


ありきたりの式がとどこおりなく終わると、チャペルのすぐ横の集会室でささやかな立食パーティーが催され、シャンペンとクッキーとオードブルが振る舞われた。

・・・奇妙なパーティーだった。

誰ひとり祝意を述べることもなく、気まずい空気だけが漂っていた。

シャンペンで顔を真っ赤にした新郎の辻本が、あちこちやたらと頭を下げて回ったが、誰もまともに相手にしなかった。

ドレスアップした3人の女、木下社長夫人、秘書の内海嬢、新婦のMIKIは互いにそっぽを向いていながら、互いに見えない火花をばちばちと散らし、木下社長は憮然として、ひとりシャンペングラスを口に運んでいた。

いちばん居心地が悪かったのはじぶんで、集会室の隅で小さくなって、それぞれの人間関係をそれとなく観察するしかなかった。

そんな中で、何といってもいちばん輝いていたのはMIKIだった。

まだ十代でも通るような若々しいミルク色のすべすべした肌に、生まれついての華やかな美貌がその源泉ではあったが、内面からあふれ出る未来への希望がMIKIをいっそう輝かせていた。

結婚・離婚・再婚という無限ループを短い時間の間にやり遂げるという野心があったからだろう。


黒塗りのリムジンがチャペルの前に到着したので、新郎新婦はウエディングドレスのまま乗り込んだ。

残った列席者は、・・・といっても4人だけだが、リムジンに向かって形だけ手を振った。

・・・はじめて会った辻本は、この日が見納めになった。

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