売られた花嫁(その27)
山から吹く風の向きが、海からに変わる前の無風の状態を凪と言う。
事件にも凪がある。
昏倒したMIKIの下着を奪った浪人生殺しの目撃者と別の夜にMIKIを轢き殺そうとした車を探すのは、所轄署の泉田刑事の仕事なので、せっかくの浪人生の父親の申し出だったが、じぶんの出る幕はなかった。
一方、等々力の成瀬邸のネットフェンスの穴から侵入して母屋で酔って寝ていたホームレスの男は不法侵入で逮捕されたが、成瀬邸の放火殺人とは無関係として、不起訴になった。
このホームレス男が母屋に侵入した時に、警備保証会社のアラーム通報はあった。
犯罪ネットでは、成瀬氏殺しの犯人はこのフェンスネットの穴から自在に出入りして犯罪を行ったと見立てていた。
放火殺人のあった当日の15時に、母屋と洋館に張り巡らせた警備保障会社のアラームは確かに鳴った。
だが、犯人侵入と出火が同時だったのか、時間差があったのかは判然としない。
警察のリーク情報では、放火殺人の15時前に唯一接点があった木下怜香については、犯人ではなく、第一発見者としてしか見ていないようだ。
強いて言えば、あの日の成瀬氏との接点が、木下夫人以外にあったのは、午前10時すぎに宅配便の業者が荷物を配達に来ただけだと、やはりリーク情報にあった。
インターフォンの画像記録にハッキングして調べようにも、成瀬邸だけでなく周辺道路の防犯カメラの画像データもすべて警察が押収していたので、なすすべがなかった。
数日して、真夜中ではなく、MIKIにはめずらしく、昼下がりにたずねてきた。
応接室に通すと、きのう辻本氏といっしょに区役所に行って婚姻届けを出したと朗らかな声で言った。
「今日はお引っ越し」
と、引っ越しの挨拶にとクッキーの箱を差し出した。
「今のマンションに住んで、仕事を続けると言っていましたよね」
どうでもいいことを指摘すると、
「それがね、結婚したら、夜の仕事も辞めて、いっしょに暮らすのが自然だろうと社長さんがおっしゃるの」
木下社長の言いつけに何でも従うMIKIは、それが当たり前のように答えた。
「でも、何を運ぶでもないのよ。ぜんぶ捨てた。辻本さんの家に何でもそろっているから・・・。結婚式までは、ホテル暮らしよ」
・・・MIKIの結婚・離婚・結婚の無限ループは、一見こっけいに見えていて、とてつもない悲劇をはらんでいるように思えてならなかった。
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