売られた花嫁(その26)

「4年も浪人した挙句に、下着泥棒の汚名を着せられて殺されるとは・・・」

大きなからだを小さくして、前橋の開業医はソファーにからだを沈め、

「他人さまの下着を盗まずとも、言ってくれれば、女の下着など、それこそ毎日でも、宅配便で送り届けてやったのに」

浪人生の父親は、息子のアパートを引き払い、警察に挨拶をしてからここへやって来て、跡取り息子の不始末をひとしきり嘆いた。

息子を殺した犯人がまだ捕まらないので、せめてもの供養にと、犯人逮捕につながる情報に賞金100万円を提供するが、それとは別に費用を負担するので、第一発見者である可不可探偵事務所で犯人を探してほしいという依頼だった。

・・・傍らの可不可がしきりにうなずいた。

「この先に住むホステスさんを殴った犯人と、息子さんを殺した犯人はおそらく同じです」

などと、思いつきをを口にしたが、父親には、何の慰めにもならなかった。


たぶん無駄だろうとは思ったが、駅向こうの所轄署へ出向き、担当の刑事に会った。

けんもほろろに追い返されるかと思ったが、応対したのは、浪人生の殺人があった真夜中と翌日に家にたずねてきた若い刑事で、いちおう話は聞くが、という態度だった。

「あの時下着を奪われたホステスさんは、25時ぐらいにあの駐車場で襲われました。後頭部を鈍器で殴られて昏倒し、10分ほどして、浪人生に下着を奪われてはじめて息を吹き返したようです」

・・・若くて生真面目そうな刑事は、黙って話を聞いた。

「ここからは、想像です。犯人は、MIKIというホステスを襲ったところを浪人生に目撃されたと思い込み、アパートまであとをつけて同じ鈍器で殴って殺した。・・・この犯人は、しばらくして駅前の夜道を歩くMIKIさんを車で轢き殺そうとして再び失敗した。犯人は、MIKIさんを執拗に狙っていたふしがあります。大勢のライバルがじぶんを狙っていると言ってはいますが、MIKIさんが誇大妄想的に話を盛っているだけで、実はひとりの女のことを指しているにちがいありません。・・・車を運転していた、大きなサングラスの髪の長い女です」

今まで溜め込んでいた思いを一気にまくしたてると、刑事はやっと興味を示したようだ。

「あの浪人生は、父親から毎月30万円ほど仕送りを受けていたが、予備校には通っていなかったので、机の引き出しに100万円以上の現金があった。それが全く手つかずだった。それで、強盗ではなく怨恨の線と見立てたが、・・・下着を盗まれた恨みで殺すとも思えない。たしかに、君の言う口封じが動機なら辻褄が合う」

刑事は、感心したような口ぶりで言った。

「アパートの住人とかで、犯人を目撃したひとはいなかったのですか?」

若い刑事は、こちらを試すようにじっと見つめ、

「ここだけの秘密だが、・・・アパートから走り去る女を見たという情報がある」

と言った。

「どんな女です?」

とたずねると、刑事はしばらく黙り込み、静かに微笑みかけた。

友情のエールを送っているようにも見えたが、・・・それは見せかけの友情でしかなく、こちらからどんな小さなネタでも引き出そうという罠かもしれなかった。

100万円ほしさに、あやうくそのひとの名を口にしそうになったが、それだけは踏みとどまった。

結局、浪人生が殺された夜と、MIKIが車で轢き殺されそうになった夜の駅前の防犯カメラを調べてみると若い刑事は言った。

・・・おそらく、この刑事は、殺されそうになった事情を、MIKIから聞き出すにちがいない。

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