売られた花嫁(その23)

「よく考えてから返事をします」

と、あいまいに答えて木下社長のマンションを出て、等々力へ向かった。

「『少し考えさせて』といったん引き下がったのは、裕史さんらしくなくてよかったです」

しばらく車を走らせると、助手席に座る可不可が言った。

・・・ほめているのか、けなしているのか、これだとよく分からない。

成瀬邸は、目黒通りが突き当たった多摩川の土手下にあり、蔦の生い茂る煉瓦の壁の洋館は、土手に背を向けて道路に面していた。

半焼とはいうが、洋館の二階部分のみが燃え、すべての窓が焼け落ちていた。

門扉にはまだ黄色いテープの規制線が張り巡らされていて、立ち入ることはできなかった。

土手に面した南向きの庭の芝生には、のどかな初夏の日差しが降り注いでいた。

庭の西側には平屋造りの離れががあり、そこは応接間と居間と台所に使っていたようだ。

忍び返しのついた高いネットフェンスが屋敷を囲っていて、守備に優れた要塞のようだった。

「成瀬氏は悪辣な金貸しだから敵が多いはずだ。その割に、独り暮らしで無防備だね。もっとも、平日は秘書が洋館の書斎で仕事をし、通いの家政婦も離れに詰めていたようだが・・・」

「アラーム装置はしっかり張り巡らせてあるようですね」

土手の斜面とネットフェンスの間に、1メートルぐらいの隙間があった。

ネットフェンスの内側には植え込みがあるので、蟹の横這いで隙間を歩いても、土手側からも屋敷側からも見られることはない。

可不可が素早く動いて、その隙間の谷底に駆け下り、ネットフェンスに沿って進んだ。

ネットフェンスが隣地で途切れるところの下部が錆びて穴が開いている、と可不可が駆け上がって来て報告した。

じぶんも降りて、野球のボールやらビールの空き缶などが散乱するネットフェンスの下部を見ると、錆びて穴が開いた部分を切り開いて再び閉じた形跡があった。

屋敷で悪さをして、この穴から抜け出てそのまま蟹の横ばいで先に進めば、防犯カメラに映らずに、だいぶ先まで行けることが分かった。

「アラーム装置は、ネットフェンスの破れた穴まではチェックしきれないようですね」

「果たして、この穴を犯人が出入りしたかどうかだが・・・」

そう言うと、可不可は、ネットフェンスに開けた穴から屋敷の中へ入って行った。


「屋敷の中は令夫人が言ったような構造です」

「インターフォンの配置はどうだった?」

「玄関すぐの廊下と洋館二階の踊り場にありました」

土手に停めた車の中で可不可とそんな会話していて、ふと思いついた。

「10分間で成瀬さんを縛り上げ、放火するなどできるだろうか?」

とひとり言のように言うと、

「令夫人が、ですか?」

「そうとは言わないが・・・」

「縛るテープや火を点けるための道具とかが必要です。・・・老人とはいっても男です、か細い令夫人が縛り上げるのは相当な力業です」

「夫人ではないとすると、犯人はやはりあのネットフェンスの穴から自在に侵入したのだろうか?・・・夫人は、はじめは、MIKIさんが犯人だと決めつけていた。だが、あとで、それはありえないような口ぶりに変わった。いや、・・・ちょっと待ってくれ。夫人は15時に成瀬さんの屋敷をたずねるつもりで15分前に着いた。ネットフェンスの穴から入った犯人が14時45分前に成瀬氏を縛り上げていた」

「フェンスの穴から入ったとしても、洋館か母屋に侵入すればアラームが鳴ったはずです」

「アラームは火が燃えたときしか鳴らなかった」

「知り合いなら開錠するので、知り合いがやってきて成瀬氏を縛り上げた。だが、知り合いがフェンスの穴からやってはこない」

そう言って首をひねった。

・・・これ以上のことは調べようがなかった。







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