売られた花嫁(その22)

「二階の寝室へ行くと、成瀬さんは椅子に縛りつけられていた。・・・その時はまだ生きていたのですか?」

「それがはっきりしません。口と目はテープで塞がれて、首をうなだれてぐったりして・・・」

「報道では焼死とあります。警察は何と言っています?」

夫人は遠くを見るような目をしたが、何も答えなかった。

「部屋には、成瀬さん以外は誰もいなかった?」

「ええ、それは確かです」

「二階は寝室だけですか?」

「いえ、寝室の奥に書斎があります」

「そこに犯人がひそんでいたとかは?」

「・・・それは考えられます。でも、寝室から火が出たのですから、犯人が書斎にひそんでいたら、逃げようがありません」

では、夫人の言う犯人はどこにいたのだろうか?

「奥さんがお屋敷に入ったのが、14時45分すぎで、逃げ出したのが14時55分ぐらいです。玄関からすぐ二階に上がりましたね?」

「ええ」

「二階にすぐの踊り場の先が寝室です。寝室に入ってすぐに成瀬さんが椅子に縛りつけられているのを見つけた?」

「ええ」

「そこで火が出たので、あわてて逃げ帰った。・・・ちがいますか?」

「そうです」

「でも、それだと3分から5分ぐらいのことです。・・・計算上、奥さんは10分ぐらいは寝室にいたはずです。警察でも、このことは何度もたずねられたのではないですか?」

「何をしたかは覚えていません。夢中で成瀬先生の縛めを解こうとしたのか、あるいは110番しようとしたのか。・・・驚きのあまり、すくんでしまって何もできないとか、訳の分からない行動をすることってありますよね」

不意に思い出したように、夫人は早口でまくし立てた。

・・・そうだろうか?

「ああ、もしかして、書斎からMIKIさんが現れたとか?」

どうしてそんなことを口にしたのか、・・・我ながら驚いた。

「まさか、・・・そんなことはありませんよね」

と、あわてて打ち消すと、夫人は見開いた目をこちらに向けて、

「ええ、ええ、・・・そんなことはありません。二階には誰もいませんでした」

と鸚鵡返しに答えた。

「二階には誰もいなかった。・・・MIKIさんは寝室にはいなかった。ということは、MIKIさんは放火殺人犯ではなかった」

この三段論法を聞いた夫人は、目を見張り、あやうく手にしたコーヒーカップを取り落としそうになった。

あれほど犯人だと決めつけたMIKIが放火殺人犯でないことが論破されたので、夫人はいたく衝撃を受けたようだが、

「理屈では確かにそうです。でも、あの女がやったのにまちがいありません」

と、夫人はなおも言い張った。

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