売られた花嫁(その21)


MIKIが成瀬氏殺害の真犯人などではありえないので、この依頼は到底無理筋だ。

だが、『謝礼は言い値で』みたいな夫人のことばが思いをかき乱した。

溜まりに溜まった税金を払うために、お金は切実に欲しかった。

案の定、可不可は、激しく首を横に振った。

「奥さんと成瀬さんとの関係は、世間で言われている通りなのですか?」

あれこれ考えているうちに、とんでもないことを口走って顔が燃えるように火照った。

「その世間とやらでは、どんなふうに言われていますの?」

一瞬ひるんだ夫人だが、すぐに気を取り直して、やんわりとたずねた。

「ああ、いや、その、奥さんは死んだ成瀬さんの愛人だったとか・・・」

へどもどして答えたが、恥ずかしさで消え入りそうになった。

「愛人ではありません。・・・奴隷でしょうか」

夫人は、きっぱりと言った。

「でも、・・・夫のために進んでそうしたのです」

夫人は、言い訳がましいひと言をすぐさま付け加えた。

木下社長の事業が経営不振で、成瀬氏からさらに無担保で金を引き出すために、求めに応じてみずから人身御供になっおぞましい話を、夫人は眉毛一本も動かさずに淡々と語った。

愛人と奴隷ではどうちがうのか、よく分からなかったが、愛する夫に献身するために、成瀬の要求に応じざるを得なかったというニュアンスだけは感じることができた。


「でも、MIKIさんがどうして今度の放火殺人事件にからむのです?」

そうたずねると、夫人は首をめぐらせ、

「分かりません。・・・でもあの女がやったことにまちがいありません」

ソファーから身を乗り出してMIKIの名を繰り返し口にした。

「奥さんがそうおっしゃる根拠のひとかけらでもあれば、何かお手伝いできるかもしれませんが・・・」

とたずねると、

「根拠ですか?・・・直観です。ただ、それだけです」

と夫人は取りつく島がないほど素っ気なく答えた。

「14時45分すぎに、成瀬さんのお屋敷のインターフォンを押すと、奥さんはすぐに玄関から中へ入りましたね・・・」

押し問答してもはじまらないないので、少しばかり事件に斬り込むことにした。

「あの時は15時にたずねる約束だったので、15分前に着きました」

「中にいた成瀬さんが開錠したということですか?・・・いや、ちょっと待ってください。成瀬さんは、二階の寝室で椅子に縛られていて動きがとれなかった。そして、奥さんがそれを発見した。・・・では、誰が開錠したのでしょう?」

「ああ、その答えは簡単です。・・・インターフォンを押しても開錠しないので、私が鍵を開けて入ったのです。家政婦さんのいない週末に、身の回りのお世話をしてほしいということで家の鍵をお預かりしています。・・・もっとも何もやってはいませんが」

だが、夫人はすぐに家に入って玄関すぐ横の階段を登ったのだから、二階にいた犯人と鉢合わせをしたにちがいない。

それを指摘すると、はっとして口を手で押さえた夫人は、

「あの女です。やはりMIKIという女です。書斎にひそんでいたのです」

と小さく叫んだ。



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