売られた花嫁(その20)

数日すると、木下社長夫人から電話があった。

自宅にコーヒーでも飲みに来ないかという誘いだった。

すぐに、可不可をオンボロ車に乗せて、どんよりと曇る昼下がりの都会の街を突っ切って目黒へ向かった.

「タダ働きをさせられそうな予感がします」

可不可は車に乗るには乗ったが、乗り気ではなかった。

「ともかく話だけで聞いてみようよ」

と気休めを言ったが、どんな話になるのやら見当もつかない。


夫人は、花柄のカップにドリップしたコーヒーをガラスのテーブルに置き、事件のあった日の午後と同じようにソファーの端にからだを沈めた。

・・・あの日と同じように、重苦しい沈黙が流れた。

「警察の取り調べを受けていて、第三者に余計なことを言っていけないと口止めされています」

・・・沈黙に耐えかねたように、夫人はようやく重い口を開いた。

「私は、成瀬先生の死とは何の関係もありません。ただ、あの日お屋敷に出かけて、先生が2階の寝室の椅子に縛りつけられているのを見つけただけです」

「警察は、それを信じないのですか?」

「分かりません。任意事情聴取ということで呼びつけられて、何度も同じ話をさせられました」

その都度の証言に齟齬が生じれば、そこにつけこむのが警察のやり口だ。

「・・・で、この私に、何をしろと?」

じぶんからは何も話さずにいて、相手から本音を引き出すのが交渉術のイロハだが、焦れてこちらからたずねることになった。

「いつまでもこのままではとても耐えられません。真犯人を探してもらえませんか?」

しばらく黙りこくっていた夫人だが、意を決したように言った。

可不可と目が合うと、可不可は微かに首を振った。

「でも、それは警察の仕事です・・・」

と言いかけると、

「真犯人は分かっています」

夫人は遮るように言った。

「・・・真犯人が分かっているのなら、調べる必要はないのではないですか」

といい返すと、

「証拠をさがしてほしいのです」

夫人は、ソファーから身を乗り出すようにして言った。

「で、・・・その真犯人とは?」

とたずねると、

「あのMIKIというホステスです」

その名を口にするのも汚らわしいと言わんばかりにして、あっさりとMIKIの名をあげた夫人だが、その憂いに満ちた美しい顔は、夜叉のように歪んだ醜い顔に変わっていた。

「費用は、かかっただけお支払いします」

夫人は勝ち誇ったように言った。

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