売られた花嫁(その18)
事件の翌日、木下社長の怜香夫人はみずから所轄署に出頭した。
『呼びつけられて等々力の屋敷に出向いたが、二階の寝室の椅子に縛りつけられている老人を見つけたところ、不意に出火したので、恐ろしくなって逃げ出した』
と警察に証言したと犯罪ネットにはあった。
さらにその翌日には、刑事がここへやって来た。
刑事は、まず車庫のオンボロ車を確認してから、事情をたずねた。
夫人が逃げ出したあとを車で追い、目黒の自宅まで送り届けた、と正直に話すと、所轄署まで任意同行を求められた。
所轄署では、木下社長に頼まれて夫人を尾行していたいきさつを話すしかなかった。
夫人が目黒の家を出たのが、14時すぎ、成瀬の屋敷に着いたのが14時45分前。
屋敷に入った夫人は、10分後の14時55分ごろには屋敷を飛び出した。
目黒の自宅に着いたのは15時25分すぎ・・・。
目黒通りを駆ける夫人を車に拾って自宅マンションまで送り届けたと一連の行動を正直に話したので、警察の心証はよかったようだ。
・・・嘘をつく理由は特になかったし、証言は防犯カメラに映っていた時間と完全に合致したはずだ。
それで、すぐに放免された。
「成瀬という男は、木下社長の会社に10年前から巨額な資金提供をしていたので、影のオーナーと言われている」
ネット情報を可不可に伝えると、
「会社乗っ取りですか?」
可不可は小首を傾げた。
「ああ、いや、資金的にはすでに乗っ取られているといっていいだろう。・・・夫人との悪い噂も流れている」
「・・・・・」
「成瀬が夫人に横恋慕して、半ば愛人として囲っているという噂だ」
「その成瀬というお方に奥さんはいるのですか?」
「いや、とっくに離婚して、今はひとり暮らしだ」
「木下社長は、奥さんを愛人に提供して平気なんですか?」
「平気ではないと思うよ。だが、実質のオーナーに要求されれば致し方ないというところだろう」
「男の風上にも置けない情けないお方ですね」
可不可は、感情のこもらないことばをただ並べた。
それは確かにそうだ。
「木下社長は、連日連夜、夜の世界を狂ったように遊び回り、夫人はホステスに嫉妬して、あとをつけ回す。それでいて、じぶんは金貸しの老人の愛人だ。・・・異常な夫婦だね」
「・・・しかも、お互いの行き場所は分かっているのに、アルバイト探偵に尾行させる。理解不能です」
アンドロイド犬でなくとも、金と色が入り混じった、男と女のただれきった世界には呆れるしかなかった。
・・・確かなことは、夫人を尾行するアルバイトはこれで終わったということだ。
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