売られた花嫁(その15)
目黒の木下社長の自宅マンションに駆けつけ、いつものように神社の境内の先に車を停めて、マンションをうかがった。
昼すぎまで夫人の動きはなかった。
当てにはならないが、念のため、夫人の携帯のGPS位置情報をチェックすると、ポインターはこのあたりを指してまったく動かない。
自宅前で、スタンバイ完了のメールを木下社長に入れたついでに、社長のGPS位置情報をチェックすると、東京に近い千葉県のエリアをポインターは指していた。
14時すぎに、ドレスアップして大きなサングラスをかけた夫人は、エントランスを出て、マンションの前でタクシーを拾おうとしたが来ないので、表通りまで出てタクシーを拾った。
すぐに車であとをつけた。
タクシーは目黒通りをひた走り、等々力の先へ向かった。
多摩川の堤防に突き当たり、右へ曲がった住宅街の一角にある古めかしいお屋敷の前で夫人はタクシーを降りた。
門扉を押し開けて、玄関のインターフォンを押して鍵を開けると、夫人は屋敷の左角に突き出た蔦が絡まった煉瓦造りの洋館に消えた。
屋敷の少し先に車を停め、とりあえず木下社長の携帯に報告のメールを入れた。
しかし、ものの10分もしないうちに、夫人が洋館からあわてて飛び出してきた。
見上げた洋館のガラス窓が真っ赤に燃えている。
続いて、割れた窓から煙が噴き出した。
どうしたものか、・・・大いに迷った。
反射的に、夫人が逃げた多摩川土手の堤通りをバックで逆走し、目黒通りへ、オンボロ車のフロントを突っ込んだ。
夫人は、なだらかな坂道をドレスの裾を翻えして必死に走っていた。
・・・ここで、思いもよらない行動に出た。
クラクションを鳴らし、振り向いた夫人の横に車を停め、助手席の扉を開けた。
夫人は、一瞬こちらを見ると、倒れこむようにして車に乗り込んだ。
目黒通りをもどりながら、向こうからやって来る消防車をやり過ごし、ようやく荒い息を整えた夫人は、前を向いまま身動ぎひとつしなかった。
自宅マンション前に横づけにした車を降りかけた夫人は、サングラスを外し、
「お茶でも飲みます?・・・探偵さん」
と、はじめて話しかけた。
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