売られた花嫁(その11)
24時前、エレベータホールに木下社長が姿を見せた。
華やかな赤いドレス姿のMIKIが腕にぶら下がっていた。
木下社長は、MIKIの肩を抱き寄せて何か耳元で囁くと、特段別れを惜しむでもなく、アーケード街の方へ消えていった。
MIKIはしばらく手を振っていたが、くるりと背を向けると、エレベータに乗って店にもどった。
夫人はファストフードの店内に隠れるようにして、あっさりした夫とホステスの別れを見届けていたが、夫が消えたアーケード街とは反対方向のJRの駅へ速足で歩き出した。
終電に間に合うようにという同じ思いなのだろう、あちこちの店から吐き出された酔客たちが駅を目指したので、夫人は人込みの中に呑み込まれて姿が見えなくなった。
タクシーにでも乗ったのか、木下社長のGPSポインターは、新宿から渋谷方向に遠ざかっていた。
ファストフード店を出てMIKIの働くクラブのあるビルのエントランスで20分ほど待つと、私服の白いミニのワンピースに着替えたMIKIが同僚のホステス達とエレベータから出て来た。
こちらを認めると、
「あらっ」
と驚いた顔をした。
「帰るんですか?」
とたずねると、
「えっ、ええ」
MIKIは明るく答え、
「送りましょうか?」
と誘うと、
「あっ、ありがとう。社長さんの指示?」
とたずねた。
「いえ」
と首を振ると、MIKIはちょっとためらったが、同僚に手を振ると、駐車場までついて来た。
「MIKIさんの身辺警護だとばかり思っていたのですけどね・・・」
オンボロ車を走らせながら、後部座席のMIKIに話しかけると、
「ああ、私もちょっとびっくりした。奥さまを尾行させるなんて・・・」
木下社長はすでに、妻の尾行のことをMIKIに話したようだ。
「では、MIKIさんは誰が護るんです。・・・木下社長ですか?」
「まさか」
MIKIは、恋のライバルはたくさんいると言っていたが、それは誰なのかまだ教えてもらっていない。
「あなたが護ってくれたら、うれしいけど」
MIKIが身を乗り出すように言うと、助手席の可不可は耳をぴんと伸ばして聞き耳を立てた。
これを、タダで仕事を請けてはいけないという可不可の発信するアラートととらえたので、何の反応もせずに、ただ前を向いて車を走らせた。
「・・・結婚すればお金が入る。そこから払ってもいいわ」
冗談めかせたMIKIの申し出にも返事をせずにいると、
「結婚がお金になるのよ。・・・つまり、私は、売られた花嫁ね」
MIKIは悲しそうに言った。
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