売られた花嫁(その9)

「尾行ができるか、と俺は聞いている」

木下社長は、鋭い目で睨みつけた。

「・・・ええ、それはできます。探偵事務所の下請けでそのような仕事をしたことがあります」

などと余計なこと口にすると、

「下請け?・・・ライセンスはないのか」

申し訳なさそうにうなずくと、木下社長は大げさに肩をすくめ、

「それでは、この犬に時給1,200円の尾行のアルバイトをさせよう」

と言った。

「MIKIさんを尾行するのですか?」

とたずねると、

「何でそうやって勝手に決めつける。ひとの話は、最後まで聞けよ!」

と再び怒りだした。

怒りがおさまると、しばらく黙っていたが、

「ワイフだよ」

ブロンズの彫刻のような黒光りする顔を目の前に寄せた木下社長は、うめくように言った。

木下社長の目黒の自宅前に張り込んで、奥さんが出かけるときは尾行して、リアルタイムで携帯メールで報告する話になった。

もっとも、週末の行動は分かっているので、平日の夜だけでいいということだった。

目黒の住所と奥さんのスナップショットと携帯番号と車のナンバープレートを携帯に転送して、

「明日から頼む」

とひとり決めした木下社長は、こちらの返事も聞かずに、そそくさと席を立ち、部屋を出て行った。

秘書が持って来た映像制作名目のアルバイト契約書にサインして、地下駐車場にもどると、

「ずいぶんと横柄な男ですね」

可不可は口を尖らせ、

「それに時給が安すぎます。当然断るかと思いました」

と不満を口にした。

「税金を払わなければならないので、どんな仕事でもありがたいよ」

と、ついさっきまで考えていた言い訳を口にすると、

「この国では、息をしているだけで、税金を払うのですか?馬鹿馬鹿しい」

可不可はさげすさむように言った。

その言いぐさに少しばかり腹を立てたので、

「ああ、今度の仕事は、君の力を借りるまでもないね。家で自己学習でもしていたらいい」

と投げつけるように言うと、

「ああ、でも、電気代がかかるでしょうから、それは辞退します」

可不可が言い返した。

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