売られた花嫁(その8)
へべれけに酔ったMIKIは、ようやく這うようにして帰った。
それで、MIKIはパパとの結婚話や身辺警護のことなど、すkっかり忘れたろうと思っていたが、そうではなかった。
翌々日の昼下がりに、その件でパパと会ってほしいとMIKIから電話があった。
時間は今日の18時、場所はパパの赤坂の事務所で、可不可も連れて来てほしいとMIKIは一方的に言うと、電話は切れた。
やむなく、嫌がる可不可をオンボロ車に乗せて、日の暮れかかる赤坂へ向かった。
見附のピンクのボーダー柄の外壁のホテルの真向いの茶褐色のビルの地下駐車場に車を入れ、直通のエレベータで20階へ上ると、降りたエレベータホールで紺のスーツに白いドレスシャツ姿の若い女性秘書が待っていた。
重厚なマホガニーとモダンなガラス張りを組み合わせた、洒落た内装の広いオフィスの横の通路を通って会議室へ案内された。
大型モニターと向き合う思い思いの服装の若い社員たちは、犬を連れた貧相な若者を見て見ぬふりをして、それでいてこちらをうかがっていた。
破れジーンズによれたカッターシャツ、汚れた白いデッキシューズのいつものいで立ちに無精髭なので、気が引けることこの上ない。
家を出る前に、ネットでこの会社のHPをチェックしたので、携帯やゲームの3D映像を制作する会社で、社長の木下はまだ若いが、業界ではやり手で通っていることが分かっていた。
・・・会議室では長いこと待たされた。
コーヒーを運んで来た秘書が、
「社長は、六本木で渋滞に巻き込まれて遅れるそうです」
とすまなそうに言ったが、さほど気にはしなかった。
取るに足らない探偵との取るに足らない約束など、これだけの規模の会社の社長が気にかけるはずもなかった。
・・・だいいいち、アポを取ったのはホステスのMIKIであって、じぶんではない。
さらに40分ほど過ぎたので、そろそろ帰ったほうがいいのではと思いはじめたころ、ようやく秘書が現れて、廊下の突き当りの社長室に案内した。
木下は、大きなマホガニーのデスクの向こうの革張りの椅子に深々と座り、握った携帯で何やら指示を飛ばしていた。
案内して来た秘書がいなくなったので、デスクの前のソファーセットに座ったものか、そのまま立っていたものか迷った。
携帯に向かって怒声を浴びせかける木下社長は、やっとこちらの存在に気づいたのか、片手をひらひらさせてソファーに座るように合図をした。
携帯をデスクに放り投げた木下社長は、デスクを回ってソファーに向かい合って座るなり、
「MIKIが言っていたスーパードッグとは、この犬か?」
と小馬鹿にしたように言った。
仕立てのよいダークスーツを鎧のように着た長身の木下は顎髭を生やし、映画俳優のようにかっこよかった。
威圧するような目は情熱にあふれ、ゴルフだかで日焼けした精悍な彫の深い顔には、そこはかとない男の色気がただよっていた。
「・・・スーパードッグかどうかは分かりませんが、かなり有能です」
と少しむきになって答えると、
「仕事は尾行だが。できるのか?」
とたずねてきたが、
「MIKIさんの身辺警護ではないのですか?」
といい返すと、
「誰がそんなことを!」
木下社長は、少しばかり腹を立てたようだ。
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