売られた花嫁(その6)
さすがにひと月ほど経つと、この下着泥棒のことは話題にのぼらなくなった。
新聞や犯罪ネットにも、事件の後追い情報は載らなくなった。
しかも、あの浪人生が殺されてから、駅のこちら側での下着泥棒は一件も発生していない。
そういえば、浪人生の部屋で押収された下着を、駅の向こうの警察署の柔道場の畳の上に並べた写真が警察のHPにアップされた。
こころ当たりのある女性に返還するということだったが、どれだけのひとが警察署をおとずれたかは不明だ。
・・・そんなある夜、自室の窓ガラスを叩く音がした。
読みさしの本を伏せて窓を開けると、あの浪人生に下着を奪われた若いホステスが目の前に立っていた。
「頼みがあるのよ」
と女は言った。
白いミニのワンピースに白いハイヒール姿の女の足元は、立っているのがおぼつかないほど揺れていた。
「どんな頼みです」
とたずねると、
「う~ん。また犬を貸してもらおうかと思って」
女は窓枠に両腕を乗せて、酒臭い息がかかるほど身を乗り出した。
あわてて可不可の電源を入れてから、玄関の扉を開けて女を招き入れた。
応接間のソファーにどんと座った女に、バインダーに挟んだ探偵依頼用紙にボールペンを添えて差し出すと、名前の欄のところに、MIKIとのみ書いてテーブルの上に放り出した。
「MIKIさんだけでは困ります」
と言うと、
「悪いけど、あとはあなたが書いて。・・・ところで、お酒ない?」
MIKIというホステスは、すでに相当酔っているのに、まだ酒を飲もうという。
・・・足元で寝そべる可不可は、しきりに首を振った。
あいにくと、父親が死んでからこの方、この家にはアルコールの類は置いていないので、そう答えるしかなかった。
「しけた家ね」
MIKIは舌打ちをすると、太腿をあらわにして足を高く組み、鰐革のハンドバッグから取り出したメンソールの細身の煙草に火を点けた。
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